表紙は語る
列車がくる
押海圭一(特任専門職員)

遠くからゆっくりと列車がくると、店主たちは日よけの傘をパタパタとたたみ、売りものを片づけ、少し身を縮めて列車が通り過ぎるのを待つ。
バンコク市内にあるウォンウィアン・ヤイ駅から西に約30kmで終点マハーチャイ駅に到着する。列車を降りて目の前に流れるターチン川を渡し船で渡ったさきにあるバーンレーム駅から、さらに西に約30kmさきの終点、メークロン駅の構内にこの市場はある。もしくは、市場の中に駅があるといったほうが正確かもしれない。列車は1日に4往復するだけなので、そのとき以外は、新鮮な野菜や魚介類や日用品が線路のギリギリまでせり出して並べられ、地元の住民が平然と買いものをする。なぜこのような不思議な市場ができたのかについては、もともと市場があったところに鉄道が通ったから、とか、線路沿いのほうが場所代が安いから、とか、どうもほんとうかどうかわからない情報ばかりだが、その不思議な風景を求めて、たくさんの観光客がやってくる。
海外では、自分のあたりまえが通じないことは多い。でも、それが心地よい国もあり、ぼくにとってタイはそういう国だ。タイでは、列車の中で大声で電話する人もいれば、売り子さんから買ったフルーツやお弁当を食べている人もいる。街に出れば、冷房のきいたコンビニの冷たい床に野良犬が寝転がっているようすなどは、どこか微笑ましくもある。そんな「あたりまえじゃないけれど心地よい風景」を求めに、またどこかに行きたくなる。
撮影:2016年9月
撮影場所:タイ サムットソンクラーム県 メークロン市場
●表紙の写真は、「2017年 地球研写真コンテスト」の応募写真です。