特集3

日韓ワークショップの報告

あらためて「自然はだれのものか」を問う

報告者●田村典江(プロジェクト上級研究員)

近年の韓国ではコモンズ研究の進展が著しく、済州大学では「コモンズと持続可能な社会研究センター」を創設して、研究のいっそうの進展をめざしている。そこで、同センターから5人の研究者を地球研に招いて、2018年2月11日と12日の両日にわたって日韓コモンズ・ワークショップを開催した。両国のコモンズの歴史・現状を相互に理解することを通じて、東アジアのコモンズ研究にどのような展開がありうるかを探ろうとする試みだ

 コモンズは、共有する資源やその資源を管理するしくみを表すことばであり、コモンズ研究とはコモンズを対象として行なう研究である。もともとは共同でつかわれる土地(共有地)を意味していた。しかし、コモンズ研究では土地にかぎらず、森林、水(用水)、水産資源、野生動植物資源など、多様な資源の利用や管理を対象にする。近年は、大気や周波数帯、著作権をふくむ知的財産権などもコモンズと位置づけられ、その可能性とその展開の方策の研究が進んでいる。

コモンズの悲劇は一方的な見方か

 資源の所有形態には、国などの公の機関が資源のすべての権利を所有し、その利用ルールを定めている「公有」もあれば、個人に資源を分割して所有者それぞれが利用方法を選択・決定できる「私有」もある。その中間に存在するのが「共有」である。いわば、資源を「みんなのもの」とする形態である。
 とはいえ、「みんなのもの」は「だれのものでもないもの」という利己的な考え方や態度を生じさせる。共同体のメンバーがそれぞれに自分勝手に利用する事態をも招くことがあるのである。その結果、共有状態では資源は適切に管理されず、公有または私有でなければ資源の無秩序な利用を防げることはできないと考える人たちもいる。これが、G. ハーディンに代表される、いわゆる「コモンズの悲劇」論である。
「コモンズの悲劇」論は、1972年の発表以降、広範に支持され、世界各地の資源管理に大きな影響を及ぼしてきた。これに対し、多くの事例研究の積み重ねをもとに反論してきたのがコモンズ研究者たちである。
 日本には入会いりあい ということばがあるが、そのようにして長らく秩序だって利用されてきた共有資源は、世界各地にじっさいにある。共同体によって長期に継続されてきた資源管理の智慧と現実が多くの地域に残っていること、共同体みずからがそれぞれに柔軟で現実的な資源利用制度を構築できるという事例が、コモンズ研究によって多く示されてきた。
 とくに、北米のコモンズ研究者のグループは、アジアやアフリカをふくむ広範な事例にもとづいて、コモンズまたは共同資源管理の有効性を活発に論じてきた。その中心人物のひとりであるエリノア・オストロム教授は、その功績によって2009年にノーベル経済学賞を受賞している。

済州島の森林や湧水、共同牧野、海岸線はだれのもの

 地球研では、2018年2月11日と12日の両日にわたって、「日韓ワークショップ:持続可能な発展と東アジアのコモンズ」と題する国際ワークショップを、兵庫県立大学環境経済研究センター、韓国の済州大学SSK(Social Science Korea)研究団との共同で、京都市において開催した。
 このワークショップの発端は2011年にさかのぼる。済州大学のある済州島は韓国の南端に位置する離島で、韓国本土とは歴史も自然景観も異なる背景を有している。
 島内には森林や湧水、共同牧野、海岸線など、長くコモンズ的に利用されてきた自然資源が多く存在する。しかし、新自由主義経済の広まりとともに、済州島の豊かな自然を国際的なリゾート地として開発する動きが強まり、島内では「自然はだれのものか」との議論が生じるようになった。
 他方、東日本大震災と、これにつづく福島原発事故の発生は、韓国社会において現代社会に存在する巨大なリスクを認識させ、よりレジリアントな社会をどうつくるかという議論の引き金となった。そこで、済州大学では大震災の年に、韓国研究財団(NRF:National Research Foundation of Korea)のSSKプロジェクトを利用して、研究拠点として「コモンズ研究センター」を形成し、済州島のコモンズ研究を活発化させる取り組みを始めた。
 その過程で済州大学SSK研究団は、日本や中国など近隣諸国との連携にも取り組んだ。そして、2014年6月、龍谷大学里山学研究センターと共同で「東アジアからコモンズを考える」と題して国際シンポジウムを京都で開催するにいたったのである。これを契機に、済州大学と日本のコモンズ研究者とのあいだで、継続的な学術交流が活発に行なわれるようになった。

資源の効率的・公平な利用策を論じるコモンズ研究

 限りある資源の効率的かつ公平に利用する方策を論じることは、持続可能な社会の実現の根幹をなす研究である。したがって、地球研にとってもコモンズ研究は重要なテーマとして、多くの研究プロジェクトでこれまで取りあげられてきた。しかも、2013年に山梨県で開催された「国際コモンズ学会第14回世界大会(北富士大会)」では、地球研は主催者の一翼を担った。
 折しも、同大会の共同議長を務めたマーガレット・マッキーン教授は、2017年の第9回KYOTO地球環境の殿堂に殿堂入りされ、表彰式のために来日されることになった。そこで、マッキーン教授を基調講演者としてお招きし、済州大学SSK研究団との学術交流の一環として、ワークショップを開催する運びとなった。
 マッキーン教授はオストロム教授と同じく、北米のコモンズ研究草創期の中核的人物である。マッキーン教授自身は日本、とくに山梨県の入会林野で事例研究を行ない、その成果はオストロム教授の業績の基盤ともなっている。基調講演では、コモンズ研究のはじまりや北米における研究者のネットワーク化、そして東アジアのコモンズ研究者への今後の期待が語られた。

資源をいかにコモンズとして扱うかを論じる段階に

 日本側からは6名の報告者が、草原、ダム、食と農、都市の空間などを対象にした現代の研究、加えて日本固有のコモンズである入会林野がどう変化してきたかの歴史的研究、また日本におけるコモンズ研究の系譜についての報告を行なった。
 他方、韓国側からは、「韓国におけるコモンズ研究の展開の姿」、「済州島の自然資源とその危機の現状」、「韓国の社会運動の展開の歴史と現状」、「済州大学SSK研究チームの射程と今後の展望」などについて、5名の報告者から報告があった。
 報告者をふくむ参加者は、経済学、社会学、法学、農学、政治学など多様なバックグラウンドの研究者からなり、コモンズ研究が超学際的研究対象であることがあらためて示された。さらに、日韓のいずれの報告も、「コモンズ=共同資源管理の有用性を示す」という段階から、その次のステップとして「資源をいかにふたたびコモンズとして扱うか(commoning)という点に研究の視座が拡がっている」ことを感じさせた。また、現代的な研究関心として、資源利用制度に効率性とともに、「正義の概念」をどう導入すべきかの問題意識も共通していた。
 日本と韓国の双方において、コモンズの研究は自然資源のよりよいつかい方をめぐる運動論と接近して進展してきた。高度経済成長期の日本では、国や大企業が主となった強権的にも思える土地の開発に対し地域住民が対抗し、むかしながらの土地や自然を利用する権利を守る運動が各地に立ちあがった。1970年代から80年代の日本のコモンズ研究は、このような市民の運動と相互に刺激しあいながら進んだ部分がある。
 今回のシンポジウムで印象的だったのが、韓国側の研究者らが当時の日本人研究者の著作をよく研究していることだった。済州大学SSK研究団は、日本のコモンズ論の学術書を韓国語に出版する事業も実施している。懇親会のさい、ある年長の韓国人研究者から、日本の公害運動や水の問題を長年、研究テーマとしてきて、これまでにも水俣や川辺川ダムなどの調査で日本をなんども訪れた、と聞いた。彼らが日本の研究を先行事例として学ぶ理由は、韓国にも似たような状況があるからだろう。
 では、開発と対抗の時代を過ぎて、人口減少と高齢化の時代を迎えた日本では、どうだろうか。都市近郊の自然を貪欲に食べ尽くし、人間の領域を拡大してきた局面から、「撤退」が論じられる局面へと移り変わった日本では、現代の問題としてふたたび、いかに自然をみんなのものとするかが問われている。また、都市化と情報技術の進展のために、現代の世界では、大都市を取り巻く環境や課題は、国のちがいを超えて共通しつつある。韓国の研究者らとともに、過去のコモンズの研究を学び直すことで、現代の東アジアに対する示唆を得ることができるのではないかと感じた。
 総合討論においてコモンズの概念や運動を法律のなかにどう位置づけてゆくかという議論が進むなかで、日本でも韓国でも民法は外からきたものであるため、現実の実態とぶれる部分があるという指摘があった。ひじょうに印象に残った。日本では明治維新のさいに、フランスやドイツに学んで民法を構築し、そしてつづく植民地時代に韓国にそれらを与え ・・ た。ここに東アジアのコモンズ論を積み上げることの意味があるのではないだろうか。西欧的ではない価値観を西欧をふくむ国際的な学術世界に問うてゆくことは、アジアを拠点に国際発信しようとする地球研の姿勢にも通じるものである。
 日本と韓国には、自然や歴史、社会において似た部分が多く、そして同じくらい、ちがう部分があるということをあらためて深く認識した2日間であった。東アジアというまとまりでコモンズ研究を深めることができれば、将来にわたる持続可能な社会の実現にむけて、大きな示唆を得ることが期待できるだろう。これからも学術交流を深めてゆきたい。

マーガレット・マッキーン教授による基調講演

マーガレット・マッキーン教授による基調講演

日韓ワークショップ参加者による集合写真

日韓ワークショップ参加者による集合写真。2日間、朝から夕方までびっしりのスケジュールにもかかわらず、多数の参加を得た

日韓ワークショップ「持続可能な発展と東アジアのコモンズ」

2018年2月11日(日)─12日(月) 〈TKPガーデンシティ京都の2階「桜」〉

2月11日(日)

【午前の部】 「第9回京都・地球環境の殿堂」受賞者・マーガレット・マッキーン氏による特別記念講演

【午後の部】 ワークショップ開催趣旨 (三俣 学)

2月12日(月)

【午前の部】 地域と環境の再生 ──開発至上主義・グローバリゼーションを支える国家への対応・抵抗

【午後の部】 コモンズを創る ──制度的検討から運動論まで

コモンズ研究会チラシ

たむら・のりえ

専門は漁業と林業の政策や経済。研究プロジェクト「持続可能な食の消費と生産を実現するライフワールドの構築(略称:FEAST)」サブリーダー・プロジェクト上級研究員。