受賞記念インタビュー

異分野融合で未来を考える

話し手●中塚 武(教授)

聞き手●鎌谷かおる(特任助教)

気候適応史プロジェクトの中塚 武リーダーが、地球化学研究協会「第45回三宅賞」を受賞しました。故・三宅泰雄博士を記念して創設された賞で、地球化学の顕著な研究に贈呈されます。中塚さんは、モンスーン地域の樹木年輪のセルロースの酸素同位体比が降水量の鋭敏なプロキシーになるという画期的な発見をしています。それをつかって、古気候を復元し、遺跡出土材の年代を決めて、さらに人間社会の歴史への影響まで推定する先駆的な研究が評価されました

鎌谷●三宅賞を受賞されてのお気もちはいかがですか。

中塚●歴史ある賞ですから、光栄に思っています。やはり地球化学を研究してきた私の先生も、その先生の先輩がたも受賞されています。同じような評価をされたという意味でも、うれしく思っています。

鎌谷●三宅賞は、地球化学の分野の研究者にとってどのような位置づけですか。

中塚●三宅先生ご自身が著名な研究者でした。1960年代に米ソが頻繁に核実験をしていたころは気象庁気象研究所にいたのですが、世界各地の大気や海水を採取して放射能を測定しています。そうして世界に警鐘を鳴らした結果、部分的核実験禁止条約締結の道を開く役割も果たしています。地球化学の枠組みへの貢献だけでなく、率先して社会的に活動された方ですね。
 そういう三宅先生が研究者を奨励するためにみずから創設した賞であり、独立した協会が選定していますが、趣旨は明確です。今年度からは日本地球惑星科学連合(JpGU)に移管されて、もっと広い分野から募集することになっています。

鎌谷●学会賞ということは、研究が社会や研究の世界で評価を得た証ですね。ご自身の研究のどういった点が今回の評価につながったと思われますか。

中塚●三宅賞は、学問的な業績の評価だけでなく、地球化学の社会的な役割を明確にした研究に与えられることが多いのです。ですから、環境問題に焦点をあてて地球化学の手法で貢献をした人が受賞している。今回も、気候変動と人間の歴史の関係というこれまでの地球科学の枠を超えて、文系の人とも連携研究ができるようになったことが審査委員会から評価を受けたと思います。
 一般の学術賞は、権威のある国際誌に論文をいくら書いたかが評価されることが多いのですが、この賞は日本史や考古学などの他分野に地球化学の成果を受け入れてもらえたこともプラス評価になったのではないでしょうか。異分野融合研究を積極的に評価してくださったように思いますね。

掘りさげることと拡げることのバランス

鎌谷●中塚さんがめざす「研究者像」をお教えください。

中塚●自分自身は、自分をストレートには評価していません。飽きっぽいし、執着力も足りないしね。(笑)ただ、30年も研究者をやってきて、「こういう人間に向いている分野もあるんだな」って思いはじめた。だから、「めざしている」というより、結果的にみずからそうなったという感じです。
 飽きっぽいとつねに目移りしてしまう結果、私は化学にも物理にも興味があるし、海のことも、河川と森林の関係にも興味がある。一つのことをぐっと掘りさげるというよりは、周囲を見ながら学問的関連を見つけることが楽しい、そういう研究者像が自分の姿かな。ここ数年は、その延長線上に歴史も文明もあるのかなと考えてきた。だから、「めざしてきた」わけではない。(笑)「バランス」かもしれない。だから、異分野融合するには、視野を拡げるためにも目移りすることを恐れず、周囲を見渡す心の余裕が必要。ただし、それだけだとなにも残さない可能性がある。やはり論文を書き、学会に貢献するという最低限のこともバランスよくやれる人間でないといけない。「掘りさげることと拡げること」をいかにバランスさせるかが研究者としてだいじかなと思いますね。

鎌谷●ちなみに、めざす研究者像に何%くらい近づいていますか。

中塚●人生を1回しか生きていないのでわかりませんが、20代、30代にすごくまじめにやっていたら、書けばよかったと後悔している論文をすべて書いていたとしたら、その分野にトラップされていたかもしれない。かといって、バランスのよい、塩梅のよい場所もいまだに掴めていない。もうちょっとまじめでもいいかなという意味では6、7割かな。(笑)

チャンスは異分野融合にある

鎌谷●ではここで、研究者をめざす理系の若い学生たちへのメッセージを……。

中塚●自分は、理系の研究者の標準ではありません。異分野融合は楽しいが、リスクは大きい。同じ分野で論文を書きつづけるほうが成果も上がるし、評価もされやすいです。だから、こうしなさいというメッセージは出せない。ですが、現状に満ち足りていない人は、ぜひ異分野融合にチャレンジしてもらいたい。そこになにかがあることは100%まちがいない。チャンスがあることはまちがいない。人生をかけてもよい人にぜひお勧めします。保証はできませんが。(笑)

鎌谷●最後に、研究プロジェクトを終えてからの、今後の展開を教えてください。

中塚●私は古気候学の立場で気候変動の研究をしていますが、現在の気候を研究している気象学者・気候学者との連携がまだまだできていません。各時代の気候変動がかなり細かく議論できるようになったので、その意味を20世紀以降の気候変動を研究している研究者に説明して、いっしょに研究したいと願っています。
 それに、地球研で学んだこと、培った経験・議論を、次の職場に持ち帰って活かしたいですね。環境問題についてもっと広く、もっと多くの人と関わりたい。学問的には、理系も文系も含めて、歴史的な観点を環境問題の解決にどう役立てるかを研究し、社会とつながりたいですね。そこがいまの環境学に欠けていると思うからです。歴史的な知見にもとづいて、未来を考えるスタンスをいかに拡げるかを考えつつ、努力したいと思っています。

(2018年1月16日 地球研にて)

三宅賞を受賞した中塚 武さん

三宅賞を受賞した中塚 武さん。受賞式の会場にて

なかつか・たけし

専門は同位体地球化学、古気候学、海洋生物地球化学。「高分解能古気候学と歴史・考古学の連携による気候変動に強い社会システムの探索」プロジェクト・リーダー。2013年から地球研に在籍。