地球研講義室 ―― 研究成果を解説する・・・・・ ①

今号から始まったこのコーナーでは、地球研メンバーの最新の研究成果を、執筆者みずから解説します

生物多様性条約における遺伝資源に関するデジタル配列情報の議論の動向と今後の法的論点

小林邦彦(プログラム研究員)

ポイント

 この論文では、2016年にメキシコのカンクンで開催された生物多様性条約第13回締約国会議(COP13)での議論をもとに、今後どのような法的な議論がされるべきか、その論点を提示するとともに、技術発展にともない法制度はどのように対処するべきかを考察しました。音楽の分野ではCDの販売からインターネットを介してのデータのダウンロードに移行したように、動植物や微生物のような遺伝資源という〈モノ〉からその遺伝資源に内在するDNA、RNAの塩基配列などの〈情報〉が対象になると、法制度はどのように対応すべきかという視点で考えてみてください。

背景

 この論文で取り上げる生物多様性条約は、1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットで署名が開始されました。生物多様性と聞くと、「生き物を守らないといけない」、「竹林や森林をうまくつかわないといけない」といったことを想像されるかもしれません。しかし、この条約は「保全」や「持続可能な利用」だけではなく、第三の目的として、「遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分」を掲げています。
 この背景には諸説ありますが、おもに、技術移転や能力開発等の利益の配分を通じて、開発途上国と先進国間の格差、つまり、南北問題が発生していることが挙げられます。その是正のために、生物多様性条約は遺伝資源を取得するための標準的な制度を設計しているのです。
 2010年の締約国会議で採択された名古屋議定書の適用対象も、条約と同様に遺伝資源です(下図)。生物多様性条約が遺伝資源を対象にしようと議論している1970年~80年代にかけて、先進国の企業や学術研究者などは開発途上国に出向き、研究開発などに活用するために貴重な遺伝資源を探索、取得し、自国に持ち帰っていました。しかし、データベースが発達した結果、遺伝資源を直接取得することなく、その資源に内在する遺伝的情報(デジタル配列情報)をオンライン上で取得できるようになったことをきっかけに、それを前提とした研究開発が行なわれるようになっています。いっぽうで、長い年月をかけて遺伝的情報をデータベースに蓄積してきた人びとは、人類の福祉に貢献することを主眼にその取り組みをしてきたという背景があります。

名古屋議定書の全体像

名古屋議定書の全体像。海外で取得した遺伝資源が合法的に取得されたかどうかを利用国政府でも確認する協力体制が構築された

*1 名古屋議定書第6条による
*2 提供国の法令を遵守させる措置

解説

 COP13では、アフリカ地域を代表してナミビア共和国が、遺伝資源に内在する遺伝的情報を条約や名古屋議定書の対象に含めるべきという提案をしました。多くの開発途上国がナミビアの提案に賛同するいっぽうで、日本やEU、オーストラリア、カナダ等の先進国は事実関係を調査してから議論するべきだと、提案に反対しました。そのため、まずはこの課題をどのように議論していくのか、そのプロセスを中心に交渉されました。
 その結果、2018年にエジプトで開催される次回の締約国会議(COP14)にむけて、1.専門家会合を設置し、法的・科学的影響や生物多様性条約の目的達成への影響などを議論すること、2.専門家会合の結果を踏まえて、準備会合において、COP14への勧告案を検討すること、3.COP14で決定案を検討、採択するというプロセスが決定しました。今後の議論にあたっては、1.遺伝資源の取得時におけるデジタル配列情報の取り扱い、2.デジタル配列情報の取得という二つの論点に分けて検討することが必要と考えられます。
 生物多様性条約の定める利益配分の対象として、遺伝的情報を含めるべきかどうかの議論がまさに始まったところです。ふだん遺伝的情報を研究などで扱っている方にもぜひとも目を向けていただければ幸いです。

生物多様性条約における遺伝資源に関するデジタル配列情報の議論の動向と今後の法的論点

環境情報科学論文集、Vol.31、287-292、2017年11月25日公開.

https://doi.org/10.11492/ceispapers.ceis31.0_287

目次

はじめに / 1.研究の方法 / 2.結果(2.1デジタル配列情報に関するCOP13/MOP2での論点と各国の主張について、 2.2 CBD-COP13での決定事項とその分析) / 3.考察 / おわりに

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生物多様性条約第13回締約国会議での交渉のようす

生物多様性条約第13回締約国会議での交渉のようす。各地域の代表者がテーブルにつき、遺伝的情報にどのように対処するのか議論した

小林邦彦さん

小林邦彦さん

こばやし・くにひこ

実践プログラム2「多様な資源の公正な利用と管理」の研究員。専門は生物多様性条約を中心とした国際環境法。環境省、岐阜大学での勤務を経て、2017年4月から地球研に在籍。