表紙は語る
視線のさきには
押海圭一(特任専門職員)

はだしの妹はまっすぐに兄を見つめ、帰りたくないと吠える。犬はその声に驚き、ともに吠える。兄はすこし困ったように妹を見つめる。おばあさんはそのようすをやさしく見守っている。でも、妹は、自分がそんなさまざまな視線に守られていることを知らない。
この風景に出会ったのは、2016年のバンコクだった。知らない街を歩きまわるのが好きなのと、根っからの貧乏性のせいで、どこか知らないところに行くと、せわしなく歩きまわってしまう。その日も、バンコクのドゥシット区にある大学での学会に参加したあと、夕方に路地をぶらぶら歩いてみた。幹線道路は車やバイクでいっぱいだったが、ひとたび路地に入れば、食べ物や花、日用品など、さまざまな屋台がびっしりと出て、学校帰りの学生や仕事帰りの人びとなど、地元の人びとが夕暮れのひとときを楽しんでいた。
バンコクを歩くと、新しいものと古いもの、高級なものとチープなもの、きれいなものと汚いものとが渾然一体となって街のエネルギーを生み出していることに気づく。ぼくがバンコクという街を好きになってまだほんの数年ではあるし、まだまだ発展の過渡期なのかもしれないけれど、こういうたくましく美しい風景がこれからも残ってほしいと思う。
撮影:2016年9月
撮影場所:タイ バンコク
●表紙の写真は、「2016年 地球研写真コンテスト」の応募写真です。