百聞一見──フィールドからの体験レポート
世界各国のさまざまな地域で調査活動に励む地球研メンバーたち。現地の風や土の匂いをかぎ、人びとの声に耳をかたむける彼らから届くレポートには、フィールドワークならではの新鮮な驚きと発見が満ちています
図書館ワーク
梶田諒介 (プロジェクト研究員)
私のフィールドは図書館である。不思議に思われるかもしれないが、私の調査は毎日図書館に行き、歴史資料を探し、それを読むことがおもな内容となる。訪問するのは、おもにジャカルタのインドネシア国立図書館、もしくはオランダのライデン大学図書館である。開館時間から閉館時間まで図書館内の机で作業するのだ。
調査で滞在しているときは宿と図書館の往復のくり返しなので、われながら単調だなと思う。知人などからも、「ずっと図書館にいて座っていたらたいへんじゃないか」などとよく言われる。もちろん、たいへんなこともあるが、それ以上に、数十年、数百年前の文献を手にして読むということは、未知との遭遇ともいうべき驚きの連続であり、この調査の楽しさなのである。
文献から災害を読み解く
さて、私の関心は、文献資料に記されたインドネシアの歴史的な自然災害にある。インドネシアは日本と同じように、地震の頻発国であり、火山大国であり、さらに洪水や火災などさまざまな自然災害による被害を受けてきた国である。このような災害について、むかしの文献から当時の被災したようすや人びとの災害対応について明らかにすることが大きな目標である。
たとえば、日本では史料地震学や史料火山学といった学問分野が注目されており、むかしの文献や人びとの日記などから地震や火山噴火の情報を明らかにする研究が進められている。2011年の東日本大震災のあとには、むかしから言い伝えられてきた「つなみてんでんこ」ということばや、お寺に残された文献、人びとの日記といった歴史的な情報が重要であることが、メディアでも取り上げられたことは記憶に新しい。
いっぽう、インドネシアであるが、この国は1942年までオランダの植民地だったこともあり、16世紀から20世紀までにオランダ人によって書かれた文献は、オランダ語によるものが大半である。それらを読み込む作業が中心となる。数多ある文献のなかから自然災害について記述された項目を探し出すのは地道な作業であり、なかなかたいへんである。
しかし、過去の記述を読み明かすことは、とても興味深いことなのである。文章を読むだけで過去になにが起こったのか、どのような災害だったのかを完璧に理解することはむずかしい。一つの文献だけでなく、報告書や新聞記事、行政記録などの記述を照らし合わせることで、より正確に歴史災害を理解することが大切となる。
被害記述の重要性
文献に記された地震には、被害のようすだけでなく、住民たちの被災後の対応などにも触れられている。さらに、「凄まじい地震」や「墓に引きずり込まれるような揺れ」という興味深い表現もつかわれている。
当時は、いまのような震度階級やマグニチュードのような科学的な数値が存在していなかったため、地震に関する情報は執筆者・報告者のことばによる記述がすべてであった。彼らのことば・表現から過去の地震がどのくらいの揺れだったのか、犠牲者や建築物の被害はどうだったのか、といった事実を史料から読み取り復元することが可能となる。また、数百年という長期的な時間幅における歴史地震を整理することで、歴史的な災害によって当時の人びとがなにを体験したかを知ることができる。これらの情報は、歴史地震研究にとって重要なものとなる。このような災害記述を数多くの史料から探し出すことに神経を注ぎ、見逃さないことが大切である。
過去との対話
私たち現代の者と歴史文献を執筆した者は、直接に交わることはない。それでも、当時の執筆者が残した記録を、いま生きる私たちが読み、それをあらたに活かす研究は、歴史研究としても災害研究としても重要であり、おもしろいものだと思っている。フィールドワークというと、住民に聞き取り調査をしたり、サンプルを採ったりすることを思い出されるかもしれない。文献調査は間接的ではあるが、過去の人物との対話を成し、情報を収集するという点で、フィールドワークと似ている。私にとって、図書館がフィールドであり、対話をするのが過去の文献なのだ。今後は地球研のプロジェクトをとおして、文献の記録だけではなく、現在のインドネシアで問題となっている地震や火山災害、泥炭地火災の現場において、過去の災害を教訓とできるような対策を考え、地域住民が安心して生活できる社会を構築することに貢献してゆきたい。

2015年11月のオランダ・ライデン大学図書館での調査風景
かじた・りょうすけ
専門は地域研究。研究プロジェクト「熱帯泥炭地域社会再生に向けた国際的研究ハブの構築と未来可能性への地域将来像の提案」プロジェクト研究員。2017年5月から地球研に在籍。