特集2

オープンサイエンス・ワークショップの報告

2つのオープンサイエンス、その合流点にある地球研

話し手●林 和弘(文部科学省科学技術・学術政策研究所上席研究官) + 宇高寛子(京都大学大学院理学研究科助教)

聞き手●近藤康久(地球研研究基盤国際センター准教授)

編集●近藤康久

オープンサイエンスによって地球環境研究はどのように変わるのだろうか。この問題について考えるために、地球研と国立情報学研究所(NII)、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の研究者が中心となって、2回にわたりワークショップを開催した。これらのワークショップは、参加者にどのような気づきや価値観の変化をもたらしたのか。NISTEPでオープンサイエンス政策の研究を進めている林和弘さんと、市民参加によるナメクジの研究に取り組んでいる宇高寛子さんに、ワークショップをふり返ってもらった

 研究界隈で「オープンサイエンス」ということばが聞かれるようになりました。概念としてのオープンサイエンスは、2013年のG8科学大臣共同声明で科学研究データのオープン化が提唱されたことを契機として広まりはじめ、2015年に経済協力開発機構(OECD)が発表した『オープンサイエンスを実現する』と題するレポートでは、オープンサイエンスは「公的資金による研究成果を社会に開放すること」と定義されました。

さまざまな意味をもつオープンサイエンス

 日本でも、内閣府を中心に政策の形成がなされ、2016年4月から5年間の第5期科学技術基本計画に、オープンサイエンスの推進が盛り込まれました。この基本計画において、オープンサイエンスは学術論文のオープンアクセス化と研究データのオープン化をふくむ概念と定義されました。研究成果を学界、産業界、市民などのあらゆるユーザーが利用できるようになることで、新たな協働による価値の創出、すなわちオープンイノベーションが加速してゆくことが期待されています。この政府方針を受けて、科学研究費などの公的研究資金による研究成果をオープンアクセスにすることが推奨されるようになりました。
 この基本計画はまた、研究の基礎データを市民が提供したり、観察者として研究プロジェクトに参加したりする市民参加型の科学研究(シチズンサイエンス)にも言及しています。シチズンサイエンスや、市民から研究資金を調達するクラウドファンディングに対する若手研究者の期待は高く、これらもオープンサイエンスとよばれることがあります。
 このように、オープンサイエンスはさまざまな意味をもちます。そのため、NIIの北本朝展さんのことばを借りれば、オープンサイエンスの実態は、「オープン」ということばに夢や野望を託し、現状の研究システムを変革しようとする人の集まった「同床異夢」の状態にあるといえます。

地球研でのオープンサイエンスの取り組み

 地球研では、2015年から、オープンサイエンスの推進にむけた取り組みを進めています。地球研のプロジェクトには、地球環境の現実問題に、人文・社会科学と自然科学の研究者がチームになって取り組むという共通点があります。環境問題の現場において、社会の多様な主体と協働することもありますが、研究そのものは、研究者が計画し、主導してきたように思います。それでは、オープンサイエンスの動きが進んで、研究者のもつ知識が社会に開放され、研究への市民参加がいまよりも進むと、地球環境研究はどのように変わるのでしょうか。そもそも、そのような変化は起きるのでしょうか。あるいは、変化を起こすには、どのようなしかけが必要なのでしょうか。
 これらの問題について考えるために、2016年度にNIIの公募型共同研究の助成を受けて、地球研・NIIとNISTEPの研究者が中心となって、2度のワークショップを催しました。
 1回めのワークショップは2016年9月3・4日にNII軽井沢国際高等セミナーハウスで催しました。11名の研究者が参加しました。ワークショップには、基調講演にあたるインプットセミナーを聴いて、参加者各自が課題を書き出して提出し、それをその場で整理してグループ対話の時間割を決める「アンカンファレンス」方式を採用しました。話しあいは大いに盛り上がり、バーベキューをはさんで夜遅くまでつづきました。話しあいをとおして、研究データをオープン化するさいの最大の障壁は研究者の不安感であるらしいことや、異なる分野の専門家や社会の多様な主体とのあいだで学術的知識の橋渡しを行なう人材が必要であることなどの予察が得られました。
 2回めのワークショップは、2017年1月27・28日に地球研で催しました。前回よりも多様な価値観をインプットするために、この回は研究者・大学関係者に加え、文部科学省などの行政機関や自治体、企業からも参加者を招待し、総勢37名で行ないました。オープンサイエンスの政策担当者と、シチズンサイエンスに取り組む研究者、およびオープンサイエンスに関心のある多様な主体が一堂に会する機会となりました。グループ対話をとおして、研究の各分野でデータの取り扱いや研究評価の慣習が異なるため、オープンサイエンスの取り組みは、各分野の慣習として積み上げていく必要があること、市民参加科学にはデータ基盤の共同構築と社会転換のためのアクションという2つの役割があること、研究者と社会を双方向的につなぐ橋渡し人材を魅力的な職業として確立する必要があることなどの予察が得られました。
 それでは、これらのワークショップは、参加者にどのような気づきや価値観の変化をもたらしたのでしょうか。NISTEPでオープンサイエンス政策の研究を進めている林和弘さんと、市民参加によるナメクジの研究に取り組んでいる宇高寛子さんに、ワークショップをふり返ってもらいました。

第1回ワークショップ(NII-地球研合同セミナー)

オープンサイエンスでフィールドサイエンスの新時代を拓く

第2回ワークショップ(NISTEP-地球研-NII合同ワークショップ)

社会との協働が切り拓くオープンサイエンスの未来

第1回ワークショップのグループ対話セッション

第1回ワークショップのグループ対話セッション

第2回ワークショップのグループ対話セッション

第2回ワークショップのグループ対話セッション

林 和弘さんにきく

政策としてのオープンサイエンス

近藤●林さんは、2回のワークショップの両方に参加してくださいました。まず1回めには、どういう印象をもちましたか。

林●私自身は化学の研究者で、20年くらい前のいわばオープンサイエンス黎明期から電子ジャーナルの開発に携わってオープン化に興味をもち、いまはオープンサイエンスを政策づくりに役だてるポジションに就いています。オープンサイエンスは政策として第5期科学技術基本計画に織り込むところまで来ました。その過程で、オープンサイエンスのベネフィット、つまりご利益はなんなのか、オープンサイエンスを具体的に活かした科学研究はほんとうに起きるのか、ということをつねに問われていました。これらのことを考えていた時期に、ちょうどワークショップのお誘いをいただいたのです。

生の声を聞けたワークショップ

林●ワークショップに参加して、「あぁ、ここに実例があった」と思ったのが最初の印象です。とくに、インプットセミナーでお話しされた大澤剛士さんと近藤さんには、NISTEPのホライゾンセミナーにも登壇いただいて、行政官の人たちに「ちゃんとここに兆しがあります」と示すことができました。
 欧米の例を引きあいに出すことはできたのですが、ほんとうに日本でも起きるのかというときに、「もうすでに起きていましたよ」と言えるようなきっかけを得られたのは、すごくだいじなことです。

近藤●ありがたいことです。軽井沢で話しあったことのなかで、気に留めていることが2つあります。1つはオープンデータの推進にとってのいちばんの障壁は、研究者の不安感にあるということがはっきり出たことです。これについて、なにか感じることはありましたか。

林●私は10年以上にわたって、図書館の方がたと、国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC Japan)などオープンアクセスの啓発プロジェクトに取り組んできました。そこでも、研究者のオープンサイエンスに対する信頼をどう得るかがつねに議論になってきました。安心してデータを共有できる、あるいは成果をよりオープンにするためのしくみづくりが重要なのだと再確認しました。ワークショップで研究者の生の声を聞けたことは、大きかったと思います。

オープンサイエンスの橋渡し

近藤●もう1つ、データの生産者と利用者のあいだを橋渡しする人材の必要性が確認できたこともワークショップの成果です。橋渡し人材には、ライブラリアン(司書)のように、ある種の定型業務としてデータと利用者をつなぐ人もいるでしょう。しかし、予算も人事権ももって、研究がこのように進んでゆくということを見せながら、いろいろな人や組織をオープンサイエンスに巻き込んでゆくような役割の人も必要だと思うのです。ITビジネスの世界では、そのような役割の人をエヴァンジェリストとよぶことがあります。橋渡し人材について、なにか気づきはありましたか。

林●あのとき、エヴァンジェリストのたとえに、さかなクンの名前を出しました。オープンサイエンスは楽しく取り組むものだと言いたかったからです。「オープンサイエンスに関わる人はこんなにおもしろいんだ、楽しそうなんだ」と思わせるような人が必要なのだろうと思います。
 また、ライブラリアンの話で、データライブラリアンとかデータキュレーターを「サポートする人」や「支援する人」といった従属的なポジションにしてしまうのは、すごくもったいない。「パートナー」としてサイエンスを楽しむ。そういう人物像が必要なのだろうと、あの場で思いました。なぜかというと、皆さん楽しそうに議論していたからです。少なくとも、ここに参加している人たちは前向きだと思いました。2017年1月のワークショップもそうですが、新しい世界を切り拓こうと思ったら、前向きな姿勢がだいじなのだと。
 もちろん、よいことばかりではないので、リスクをいとわずに踏み込んでゆく人が必要なのでしょう。あのワークショップの参加者のうち半数くらいはエヴァンジェリスト候補なのだろうと思います。

知的好奇心をきっかけとしたボトムアップの流れ

近藤●いま出てきたキーワードの1つに、「楽しくサイエンスをする」というのがありました。2回めのワークショップでは、これがもっとはっきり出ていました。市民参加型のシチズンサイエンスの例として、宇高さんの「ナメクジ捜査網」が出てきました。これが、トップダウンの政策に対してボトムアップで出てきたもう1つのオープンサイエンスの流れだと思うのですが、林さんはどう思われましたか。

林●政策でオープンサイエンスを語ると、どうしても大学や研究機関に配分する巨額の研究資金の用途に目が向きます。たとえば、日本であれば科学研究費助成事業を中心とした研究費をつかった研究成果のオープン化という話になります。
 政策としては、まずそこに目が向けられていて、オープンサイエンスの議論もそちらに引っ張られているきらいがあります。けれども、やはりサイエンスの原義である「人間の知的欲求、知的好奇心を満たす」ということに則れば、ごく自然な流れだと思います。市民が理解しやすい研究に、ほんとうにおもしろそうに取り組んでいれば、市民もついてくるでしょう。
 シチズンサイエンスによって、研究の効率化が進むことはまちがいありません。たとえば、フィールドサイエンスにおいてはn(サンプル数)が多いほど、調査は進展します。多数の市民が参加することで、新たな発見をより短期間で得やすくなることがあります。さらに、発想の異なる多様な人びとから研究者が刺激を得ることは、学術的に意義のあることだと思います。素朴な質問が本質を突いていてハッとさせられることってよくありますよね。

近藤●地球研が進める超学際研究、つまり社会の多様な主体と協働してチームで具体的課題を解決するアプローチをとるときには、現場の当事者の人たちに科学の知識をつかってもらうだけではなくて、地元の人たちの知識・経験から私たち研究者が学ぶこともあります。

林●ボトムアップは必然的にローカル型になるので、だからこそ日本がオープンサイエンスを主体的に切り拓かなければならない1つの大きな根拠立てになると思います。
 G7などでオープンサイエンスの政策の共通認識づくりに携わっていますが、グローバルな問題を解くためには大枠をトップダウンで決めてゆくことになります。その大枠づくりはもちろん重要ですが、最後には土着のサイエンスがかならずあります。国際動向をふまえつつも、土着のサイエンスは日本として主体的に発展させるべきです。研究者か市民かを問わず、現場の個々人の好奇心をきっかけとして、知的欲求を満たすための活動は大いにどんどんすればよくて、それを促し加速するしかけが重要です。

近藤●地球研にとってすごく示唆的なことです。いまおっしゃった「土着のサイエンス」いうことばをすこし変えますと、現地の人に寄りそったり、フィールドをベースにしたり、あるいは科学の第一線のところでオープンサイエンスなり新しい手法をつかって、新しい動きをつくれるということですよね。ボトムアップだからこそできることがあって、やはり地球研はこのような部分にもっと取り組んでゆけばよいのではないかと思います。

新たな位相の創出をめざす

林●もうひとこと付け加えますと、「文理融合」といいますが、文系と理系がそれぞれ連携しているあいだは、じつは融合ではありません。「融合」というためには、融けあわなければいけないので……。

近藤●そうなのです。これは意外とむずかしくて、やはり学問の殻のようなものは強固にあるのだと思います。

林●「文系理系だ」とはっきり言えている時点で、それはつまりディシプリンとして確立しているわけです。これらをそのまま融合させようというのは、確立の方向から反対に向かうことになるので、そもそも構造的矛盾があります。だから、新しい土俵をつくって誘うことが必要なのです。

近藤●位相が変わるということだと思います。

林●そうです。新たな位相を用意して、そこに移って初めて融合といえると思うのです。オープンサイエンスは、そのための原動力にすぎないのです。このたとえは化学反応論からヒントを得てよくつかっています。すなわち、二つの安定した物質の融合(反応)にはときに大きな活性化エネルギーが必要で、熱などを加えて必要なエネルギーを得る、もしくは、触媒をつかって必要なエネルギーを減らすことで反応が進みます。オープンサイエンスでいうと、旧来の安定した研究体系同士に、熱(ポリシーや資金)と触媒(エヴァンジェリスト)を加えると融合がより効率的に進み、新しい研究体系(位相)が生まれると考えられます。

近藤●すごく腑に落ちた気がしました。(笑)

林●そう言ってもらえるなら、私としてもありがたいです。欧州のオープンサイエンスの政策にも、このニュアンスが随所に読み取れます。オープンサイエンスの政策は、たんなる研究データの共有とオープン化が目的ではないのです。その先に起こる研究のパラダイムシフトが大きな狙いなのです。

第2回ワークショップのラップアップ

第2回ワークショップのラップアップ

宇高寛子さんにきく

市民参加科学としてのオープンサイエンス

近藤●宇高さんには2017年1月のワークショップで、「ナメクジ捜査網」――市民と探すナメクジというタイトルで、インプットセミナーをしていただきました。あの講演はすごく盛り上がった記憶がありますが、宇高さんはどうお感じになりましたか。

ワークショップからみえた
市民参加型プロジェクトの課題

宇高●ワークショップには行政関係など、ふだんふれあわない分野の方が多かったので、おもしろいと思ってくれるだろうかという心配がありました。でも、たくさんの方に興味をもってもらえて、想像以上に食いついてくれた、と思いました。

近藤●「食いつき」はすごかったです。ナメクジがグループトークのテーマの1つになりましたからね。

宇高●そのグループに参加したのですが、私よりも長くオープンサイエンスや市民科学について考えている方が多かったので、すごく新鮮でした。「あぁ、なるほど。こう考えるのか」と。

近藤●どんなところがいちばんおもしろかったですか。

宇高●どのようにプロジェクトを進め、継続させるかを考えたときに、市民にとってなにがだいじかということが、いままでよりもはっきりとわかりました。でも、けっきょく市民参加型のプロジェクトを実現するために、具体的にどうすればよいかということは、まだ課題としてあります。

いかに市民を巻き込むか

近藤●きっと、それはオープンサイエンス全体の課題です。市民の方に研究に参加してもらうためのしかけづくりやくふうをしますが、これによってなにが生まれるのかは、まだ見えていません。これから皆さんとつくってゆくところだと思うのですが……。
 このグループトークでおもしろかったのは、チーム名を「チームナメ市民」に決めたことです。ナメクジを一種のアイコンみたいにつかう。そうすると、その地域で市民の人たちにナメクジへの愛着をもってもらうにはどうしたらよいかなど、次つぎとアイディアが出てきます。ワークショップで、こういう発想の転換を感じましたか。

宇高●活動を地域や市町村のような行政単位で考える、という発想はふだんの研究環境では出てこない新しい発想でした。市民参加ということばから、私は対象を漠然と日本国民全員と感じていましたが、じっさいにはもうすこし小さい単位――小さいといいながらも大きいのですが、地域という単位で進めるのもよいかもしれないと思いました。

市民への間口を拡げたワークショップ

近藤●地球研のワークショップの翌月に、こんどはマテリアル京都(MTRL KYOTO)でオープンサイエンス・ワークショップがありました。そのときはアイディアソン(知恵出しワークショップ)をなさいましたね。私も参加しましたが、とても楽しかったです。このイベントのあと、なにか発展はありましたか。

宇高●アイディアソンでおもしろいアイディアがあったので、それを実現するために外部資金に応募しています。

近藤●それは市民の方といっしょになにかをつくるということですか。

宇高●はい。最終的にはナメクジを探すツアーをできればと。しかし、長時間の野外活動に参加するのはむずかしいと思うので、その前ふりとして、もうすこし低いレベルでのワークショップを開くこともだいじかと。

近藤●「低いレベル」とおっしゃったのは、間口を拡げるという意味ですか。

宇高●はい。まずテーマや対象にちょっと興味がある、どんなものかとりあえず話を聞いてみたいとか、そういう人に対応する。また、どういう人が活動しているかを知ってもらうことがだいじだと思います。
 たとえば、「ナメクジグループはこういう話を聞ける」というところから始めます。最終的には、ナメクジを探しに行くところまでつなげられたらよいかと思います。いきなり「ナメクジ探しましょう」と言われても、たぶん参加者は見つからないと思います。

近藤●参加するためのモチベーションには濃淡があるということですね。そのなかで、皆さんが楽しみながら学ぶ部分と、いっしょにつくる部分があるのかと思います。ぼくたち地球研もよくそういうことをしているなと思います。

科学が身近なものになる

近藤●オープンサイエンスということばは、いろいろな意味でつかわれます。政策でいうとオープンアクセスやオープンデータになりますが、いっぽうで、シチズンサイエンスは草の根的な拡がりをみせています。宇高さんから見て、オープンサイエンスはどのようなものだと思いますか。

宇高●日本でサイエンスというと、どうしても仕事で研究に取り組んでいる当事者だけのもので、これをオープンにするというと、研究している人のなかでのオープンさというイメージがあります。しかし、私の思うオープンサイエンスは、専門的なことはわからないけれど、興味のある人たちならばかかわってゆけるところというイメージです。
 たとえば、その人たちといっしょにどれだけ専門的なことができるかはわかりませんが、まずはとにかくいっしょに科学的な問いに取り組む。しかし、しだいに一人ひとりが自立して科学に興味をもって行動するようになって、もうすこし科学が身近なものになる。オープンサイエンスはこのような運動だとよいなと思うのです。
 科学的な活動は、どうしても特別なものだと思われがちです。しかし、「日常生活とはちがうけれど、少し発想を転換すれば自分たちの生活にちかいものなのだ」と思えるとよいですね。オープンサイエンスが、こういう思考の転換になるような運動になればと思います。

2つの潮流があわさるところ
社会の課題を解決するためのオープンサイエンス

 インタビューからは、方向性の異なるオープンサイエンスの2つの潮流があわさるところとしての、地球研の立ち位置が見えてきます。
 林さんは、科学技術政策の立場から、トップダウン型のオープンサイエンスの推進に取り組んでいます。その立場からワークショップに参加して、社会の具体的課題に多様な主体と協働して取り組む地球研は、まさにオープンサイエンスが実現しうる場所であることを指摘してくださいました。地球研の進める地域の人びとに寄り添う研究が、日本がオープンサイエンスを進めるうえで強みとなるということは、私にとっても新しい気づきです。
 いっぽう、宇高さんは研究者として、市民参加科学、いうなればボトムアップ型のオープンサイエンスに取り組んでいます。その立場からワークショップに参加して、いままで漠然としていた市民や地域の像がはっきりしたといいます。これは、地球研が進める地域協働型の研究スタイルが、ワークショップでの対話をつうじて宇高さんの研究観に変化をもたらしたとみることができます。このように、地球研は、トップダウン型とボトムアップ型というオープンサイエンスの二つの潮流が出会い、交わり、互いに影響を与える場となっています。
 また、2人とも共通して、楽しく研究をすることの大切さを指摘しています。知的好奇心を満たすことに楽しさを見出すことは、オープンサイエンスを進めるための重要なインセンティブになり得ます。これは、オープンアクセスやオープンデータの義務化という、研究者にとっての負担感が増す議論とは「位相」の異なるものです。言い換えれば、負担感から楽しみへと位相を「ずらす」ことで、思考停止に陥ることを回避できるかもしれません。じつはそれこそが、利害の対立するステークホルダーのあいだでの問題解決にとって重要なしかけであり、オープンサイエンスと超学際研究の理論が互いに学びあえる「合流点」であるように思います。(近藤康久)

林 和弘さん

林 和弘さん

宇高寛子さん

宇高寛子さん

はやし・かずひろ

文部科学省科学技術・学術政策研究所上席研究官。学術雑誌の電子化とオープン化にいち早く取り組み、オープンアクセス、オープンサイエンスが切り拓く学術情報流通の変革と研究者コミュニティの将来に関心をもつ。

うだか・ひろこ

京都大学大学院理学研究科助教。無脊椎動物、とくにナメクジが季節的に変化する環境を生き延びるしくみを研究。新しい移入種であるマダラコウラナメクジの分布を市民と調べるプロジェクト、「ナメクジ捜査網」を主宰している。

こんどう・やすひさ

地球研研究基盤国際センター准教授。2014年から地球研に在籍。文部科学省科学技術・学術政策研究所客員研究官を兼任。オープンサイエンスと超学際研究の理論を融合させた環境研究の実践に関心をもって取り組んでいる。