百聞一見──フィールドからの体験レポート

世界各国のさまざまな地域で調査活動に励む地球研メンバーたち。現地の風や土の匂いをかぎ、人びとの声に 耳をかたむける彼らから届くレポートには、フィールドワークならではの新鮮な驚きと発見が満ちています

ブルキナファソの農村のプラスチック製じょうろ

中尾世治 (プロジェクト研究員)

 2012年10月、私は初めてブルキナファソ西部の農村で暮らすことになった。ご多分にもれず、当初、下痢に悩まされた。頻繁にトイレにゆくので、お世話になったのが、村のそこかしこにあるプラスチック製のじょうろである(写真)。

じょうろの二つの役割

 私の住んでいた村は、拡大家族の暮らす屋敷地によって構成され、穴を掘ったボットン便所が屋敷地内にあった。村の人はトイレットペーパーをつかわない。大便の用をすませると、右手にじょうろを持って、左手に水を垂らし、その手で直接、尻をきれいにする。手にヌルッとした感覚があるのに抵抗があったが、1週間もすると慣れてしまった。私も村の人と同じように、もよおすとじょうろをもって、すっと屋敷地のトイレに立つようになった。
 このじょうろはトイレだけではなく、もう一つの重要な役割を果たしている。それは、ムスリム(イスラーム教徒)の礼拝のまえの洗浄につかう水入れである。
 村の人のほとんど全員がムスリムである。村は五つの街区で構成されており、街区ごとに小さなモスクがある。金曜日は集団礼拝の日なので、昼にはみなモスクに集まってくる。集団礼拝のときだけではなく、1日5回、モスクからアザーン(礼拝の呼びかけ)が拡声器で届けられると、各自で敷物をひき、それぞれの場所で礼拝する。このアザーンの前後に、村のムスリムたちは洗浄をする。
 水で、両手、口、鼻孔、顔、両腕、頭、両足を洗う。基本的に、世界中のすべてのムスリムが、礼拝のまえに水をつかって同じ手順で洗浄をする。ブルキナファソの片田舎の農村でも、変わらない。ただ、この洗浄のための水を入れておくのが、くだんのプラスチック製のじょうろである。

なぜ「じょうろ」なのか

 イスラームの規定として、重要な点は水で洗うことである。入れものはどのようなかたちのものであっても、問題がない。しかし、どうしてプラスチック製のじょうろなのだろうか。
 じつのところ、正確な答えは、村の人ももちあわせていない。なんとなくいつの間にかつかうようになったという。しかし、いくつか推論の材料はある。
 まず、工業製品が流入する以前から用いられている土器やひょうたんには、じょうろのようにして用いるかたちをしたモノがない(図)。注ぎ口をもち、軽くて持ち運びに便利なもので、かつ右手だけで操作できるものは、意外にも、在来の容器にはみられない。たとえば、土器の水がめに注ぎ口をもったものがあるが、これは飾りでじっさいには重くて、注ぎ口をつかえないし、ひょうたんは片手だけの操作がむずかしい。プラスチック製のじょうろは、手足の洗浄に適したモノであったのである。
 このプラスチック製のじょうろは、基本的に、トイレのあとと礼拝のまえの洗浄に用いられている。私は日本語ではじょうろとよんでいるが、草木に水を注ぐという用い方はされない。かたちとしてはやかんともよびうる――じっさいのところ、セネガルのメーカーは、このプラスチック製のじょうろをフランス語でbouilloire(やかん)と表現している――が、プラスチック製なのでもちろん火にかけることはない。ちなみに、この地域のダフィン語では、このプラスチック製のじょうろはセダ(cεdà)と呼ばれている。土器全般をダー(dàa)というので、ダーから拡張して捉えられたのだろう。

じょうろと近代化

 つまり、持ち運びができて、手足の洗浄に適した容器は、工業製品以前にはなかったものと想定される。聞き取りでは、工業製品が村で用いられるようになっていったのは、1970年代以降のことであった。50代くらいの村の人たちが子どものころは、身のまわりの食器類に土器を用いていたという。この地域では鍛冶屋の妻が土器つくりである。彼女たちが皿などをあまりつくらなくなったのもまた、この時期であった。
 そして、この時期に、この村もふくめて、ブルキナファソ西部では、在来宗教が廃れてゆき、ムスリムがマジョリティになっていった。1990年代になると、各地でモスクが建てられるようになる。ムスリムが増えてゆき、村のそこかしこで、礼拝前の洗浄が行なわれるようになったのは、工業製品が流入し、一般化した過程と重なっている。礼拝前の洗浄が一般的になったときに、工業製品であるプラスチック製のじょうろが、持ち運びと手足の洗浄に適した容器として見いだされたのであろう。つまり、プラスチック製のじょうろは、この村にとって、在来宗教の廃止と工業製品の導入が結びついた、この地域独特の近代化の証として捉えられるのである。

プラスチック製じょうろ(フランス製)

プラスチック製じょうろ(フランス製)。村のプラスチック製品はコートディヴォワール、ガーナ、中国でつくられたものが多かった

村内の土器とひょうたんの器形のバリエーション

村内の土器とひょうたんの器形のバリエーション。現在では、土器はもっぱら水がめ用として用いられているが、かつては、鍋や皿としてもつかわれていた

なかお・せいじ

研究プロジェクト「サニテーション価値連鎖の提案──地域のヒトによりそうサニテーションのデザイン」プロジェクト研究員。専門は歴史人類学。ブルキナファソ西部のイスラーム史と物質文化の研究をしてきた。