特集4

スーパーサイエンスハイスクール事業の報告

学びの種まき
高校生と「環境」を研究する

報告●岸本紗也加(地球研研究基盤国際センター研究推進員)

地球研では、研究成果や環境問題の動向を一般の方にわかりやすく紹介することをめざして、年に数回、市民セミナーを開いている。記念すべき第70回では、地球研が洛北高校と協力して進める「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」事業の成果を生徒たちが発表した。今回は、そのセミナーだけでなく、洛北高校SSH事業の1年間の流れを、参加した生徒たちの感想を交えながら報告する

 地球研は2013年度から京都府立洛北高等学校(以下、洛北高校)の「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」事業(同校が文部科学省から指定を受け、推進しています)に協力しています。対象は文系の2年生の生徒たち16名でした。研究のテーマは「環境」。ここで環境にかっこがついているのは、自然環境にかぎらず、人間や社会もふくめた幅広い意味での「環境」の研究を意味するからです。研究の問い立てから結論を出すところまでサポートし、地球研市民セミナーで研究成果報告の機会を提供してきました。

研究のむずかしさを味わう

 洛北高校SSH事業(環境分野)の2016年度の年間スケジュール表は以下のとおりです。4月、地球研でのガイダンスに始まり、2月下旬のポスター発表会に至るまでの約1年間、授業回数にして(発表会もふくめて)28回ありました。
 前半は地球研で募集した講師の皆さんから「環境」研究の視点や方法、成果についてご自身の研究テーマ・関心に沿ってお話しいただき、教室内だけでなく屋外での実験演習も行ないました。
 夏休み前には研究班とテーマを決めました。2016年度はぜんぶで8班! チームではなく一人で研究をしたいというかなり意欲的な生徒たちも多かったからです。10月下旬までは班ごとに文献資料を収集・整理したり、インタビューやフィールド調査に出かけたりし、少しずつ考察を進めました。生徒たちにとってはこの文献の読解とインタビュー調査の分析がむずかしかったようで、途中で研究テーマを変更したり、軌道修正を余儀なくされる班も見られました。
 かぎられた時間にある一定の成果を出すというのは、ほんとうにむずかしいものです。研究というのはうまくいかないこともある、いや、むしろ壁にぶつかって当然だと思います。それでも11月中旬になれば研究の途中経過を報告し、最後のまとめの段階に突入です。

市民セミナーでの発表

 2月9日の地球研市民セミナーでは地球研の所員、さらには一般の方がたにむけて、生徒はパワーポイントをつかって10分間で研究成果を発表し、5分間の質疑応答に挑みました。一般の方17人、所員(関係者を除く)22人にご参加いただきました。大勢の方がたを前に司会を務めた私はとても緊張しましたが、生徒も同じだったと思います(イベントのようすがインターネット上で同時配信されるから、ということもあったでしょう)。

高校生とともに考える「環境」フライヤー

生徒たちの研究テーマ

  1. ① Resilient Societyを目指して
  2. ② 副都計画
  3. ③ ポップから伝えるフェアトレード
  4. ④ 方言によるマーケティング
  5. ⑤ 名字の起源を地形的特徴から考える
  6. ⑥ YouTubeのメディアとしての可能性
  7. ⑦ 新しい時代区分を考える
  8. ⑧ アニメと地域の関係性

洛北高校SSH事業(環境分野) 年間スケジュール(2016年度) 

※1回の授業時間は100分(50分×2コマ) ※役職は開催当時のまま記載しています。

開催日

内容

担当者

前期

2016年 4月 14日

ガイダンス、所内見学

阿部健一教授

2016年 4月 21日

講義 「野生チンパンジーに学ぼう! 霊長類学が解き明かす『家族』の起源」

松本卓也外来研究員

2016年 4月 28日

講義「カミのモリは何を語るか?──神社の土地に刻まれた記憶を読み解く」

嶋田奈穂子

研究基盤国際センター研究推進支援員

2016年 5月 12日

講義 「環境問題は、いつからあったのか?

──江戸時代の人々の暮らしを通して考えてみよう」

鎌谷かおる

プロジェクト研究員

2016年 5月 19日

講義 「『地球温暖化』と人類の未来──未来の地球のために、今知っておくべきこと」

安成哲三所長

2016年 6月 2日

講義 「生態系を元素の世界から眺めてみよう──元素は天下の回りもの」

太田民久

研究基盤国際センター研究推進支援員

2016年 6月 9日

講義「iPadでみて学ぶ──都市をはかり、言葉をつくる」

三村 豊

研究基盤国際センター研究推進支援員

2016年 6月 16日、23日、30日

研究チームとテーマの決定、研究計画を立てる

2016年 7月 14日

研究計画発表会@地球研セミナー室3、4

後期

2016年 8月 25日

研究の進捗状況の把握

2016年 9月 15日 ~10月20日

データ収集、分析

2016年 11月 10日

中間発表@地球研セミナー室3、4

2016年 11月 12日

第2回京都サイエンスフェスタでポスター発表@京都工芸繊維大学

2016年 11月 17日

反省会

2016年 11月 24日 ~

2017年 2月 2日

データ再収集、分析、考察、論文執筆、ポスター作成、発表のリハーサル

2017年 2月 9日

第70回地球研市民セミナー

2017年 2月 23日

ポスター発表会@洛北高校

洛北高校生の感想 (2017年3月14日、学内で実施されたアンケートから抜粋)

おもに前期の取り組みについて(地球研での学習や特別講演など)

後期の研究活動について

研究発表(研究計画、中間、市民セミナー)について

どのような態度で臨みましたか?

獲得した能力、もっとも伸びたと思う能力は?

地球研のエントランスにて、洛北高校生の皆さん

地球研のエントランスにて、洛北高校生の皆さん(2016年4月14日)

三村 豊さんの講義のようす

三村 豊さんの講義のようす(2016年6月9日)

洛北高校SSH担当者の感想

ここ数年、地球研の先生がたには洛北高校サイエンスⅡの活動についてたいへんお世話になっていますが、とくに2016年度は教育協力に関する協定を締結させていただいたこともあり、これまで以上に綿密に指導していただいたと思っています。研究活動に入ってからも、ほぼ毎週学校に来て生徒の活動をサポートしてもらったり、校外の調査やインタビューに同行していただいたり、感謝するばかりです。ただし、課題もいくつかあるように思いますので、そのあたりの検討もふくめて、来年度以降もよろしくお願いしたいと思います。(三宮友志)

地球研の熊澤先生と岸本先生には、フィールドワークの手配から引率までお世話になっただけでなく、研究の仕方からパワーポイントのつくり方まできめ細かなご指導をいただき、手を合わせて感謝しています。ほかの先生がたもふくめて、地球研の豊かな学びのお裾分けを今後もいただけたら幸いです。(金山顕子)

環境教育の担当者として

 生徒は「環境」研究をつうじて少なくとも次のことを経験しました。新しい視点や可能性を発見する、自分の特徴をさらに伸ばす、挫折しても挑戦する、あらゆる結果を予測する、柔軟に想像するなどです。いっぽうで、洛北高校の先生や生徒の感想で述べられていたように、再検討すべきいくつかの課題もありました。

■見えた課題

 たとえば、研究テーマと班の決定は生徒に委ねましたが、ほんとうにこれでよかったのでしょうか。地球研の教員や研究員にご協力を仰ぐべきだったかもしれません。正直なところ、研究テーマや研究手法によっては、私の指導力に限界を感じることが多かったからです。地球研のプロジェクトの研究内容に沿ったテーマ設定をしていれば、研究に行きづまったとき、文献資料の紹介やフィールド調査地の決定などでより迅速に的確なアドバイスができたかもしれません。
 いっぽうで、生徒に寄り添った教育も重要だと考えています。研究計画を立てるまえに、生徒の希望や関心をていねいに調査し、学習や研究をつうじての生徒の変化を継続的に記録、分析し、教員のあいだで結果を報告しあうのです。また、研究方針を立て、生徒と共有すべきでした。生徒から研究の相談を受けるたび、どこまで指導し、どこまで生徒自身が努力すべきなのか悩んだからです。

■フィールドでの学びから

 私が大学院生だったときのことです。大阪大学大学院人間科学研究科で国際協力学を専攻し、モロッコ農村部における人びとの生活の向上について研究するかたわら、大阪大学グローバルコラボレーションセンター(当時)の開講科目「海外フィールドスタディプログラム」を受講しました。そこでは、中国、ベトナム、パラオ、モンゴルの食・健康・環境を取り巻く現状について、文理問わずさまざまな研究科に所属する大学院生とともに調査研究に取り組みました。
 環境問題は、たしかに、起こっていました。現地で学んだ環境問題のほとんどが、人間の生命や生活を脅かすほどの眼前に迫る、まさに脅威そのものでした。ここで2つの国の環境問題を挙げますと、モロッコでは村で1か所しかない水源(井戸水)が汚染され、飲料水や生活用水として利用できなくなっていました。井戸周辺を観察したり、村人に話をうかがったところ、おもな要因は都市部から流入した廃棄物だと考えられました。また、モンゴルでは本来自然と共生しながら生きているはずの遊牧民が、家族を養うための手段として、大地や川を掘り起こし、採掘されたわずかな砂金で現金収入を得て暮らしていました。いずれの環境問題にせよ、環境意識の向上で解決できるというものではありませんでした。

■地球環境と学習者とをつなぐ

 では、いったいどうすればよいのでしょうか。環境問題は人類の生存と未来にかかわる問題です。国や地域を問わず、環境を専門としている/いないにかかわらず、どのように解決するか考えること、いかに協力しあって解決すべきか考えることを基本的な教養の一つとして備えなければなりません。
 残念ながら、私たちは地球環境の「すべて」を学ぶことはできません。しかし、環境教育の担当者は地球環境と学習者とをつなぐことはできます。私は大学院生のときに、(地域はかぎられていますが)環境問題を知っただけでなく、その解決に取り組む人びとに出会い、複数の実践活動について学ぶことができました。これからは実践例の数かずを授業のなかで報告し、生徒のディスカッションに発展できればと考えています。
2016年9月1日、地球研と洛北高校は教育協力に関する基本協定を締結しました。同じく、京都府立北稜高等学校とも協定を結びました。両校との協力関係を維持しつつ、発展的に環境教育事業を継承、展開したいと思います。 (岸本紗也加)

きしもと・さやか

専門は国際協力学。モンゴルで日本語教師、大阪大学大学院工学研究科で環境リスク評価の研究を経て2016年4月から地球研研究基盤国際センターに在籍。環境教育について「現場」で問いつづけている。