特集4
特別インタビュー 〈トランスディシプリナリー・シリーズ その3〉
グローバルな理解が地球市民をつくる 地球の持続可能性と日々の行動とを結びつけるために
語り手●ベンノ・バレン(フリードリヒ・シラー大学教授)
聞き手●ダニエル・ナイルズ(地球研研究基盤国際センター准教授)
編集●ダニエル・ナイルズ、三村 豊
地球環境を見つめながら活動する人を取材し、環境問題の多角的な理解をめざすトランスディシプリナリー・シリーズ。今回は、人びとの「グローバルな理解」を促す「国際地球理解年(International Year of
Global Understanding: IYGU)」の代表、ドイツのフリードリヒ・シラー大学のベンノ・バレン教授に話をうかがった。
私たちの日々の行動は、長い目で見ると、生物多様性の喪失や気候変動など地球規模の環境問題に影響する。私たち一人ひとりがそのことを理解し、身近な行動を見つめなおすことが必要だ。そこで、ICSU(国際科学会議)とISSC(国際社会科学評議会)、CIPSH(国際哲学人文学会議)の学術団体は2016年を「国際地球理解年(IYGU)」だと宣言した。この宣言を受け、IYGUは団体としても活動を開始した。IYGUは「グローバルな理解」を促すことで、なにをめざしているのだろうか
ナイルズ●バレンさんが代表を務めるIYGUのミッションとはなんでしょうか。
バレン●かんたんにいうと、私たちの日常生活がグローバルな動きにいかに埋めこまれているのかを世界各国の人びとにわかりやすく伝える取り組みです。私たちの生活のありように影響を与えるものとして、気候や生物多様性など自然現象に左右される要素と、社会や経済などの文化的な要素とがありますが、そのどちらも、グローバル化の影響を受けています。
現代人の多くは地域や国家という伝統的な枠組みのなかに生きていますが、そうした枠組みの概念は変わりつつあります。政治的な側面から見ても、自分の生活をグローバルな観点から理解するのはだいじです。世界情勢を理解しがたいと思うのは、グローバル化を脅威だと感じるからではないでしょうか。だからこそ、世界各地でナショナリズムの勢いが増しています。
ナイルズ●グローバル化に抵抗する動きですね。
バレン●「歴史の流れには逆らえる」というナショナリストの考え方はいっときの安息をもたらします。しかし、グローバル化は現実に進んでいるのです。私たちの日常生活は少なからずグローバル化の影響を受けているのです。
グローバルな視点で日常生活を捉え直すには、細分化され、分断された学問体系を考え直す必要があります。私たちは、従来の学問体系や研究手法ではやってゆけないと学びました。さまざまな面で国家の枠組みに結びついているからです。専門・分化して探究することで私たちは進歩できるという思想をもっていました。近代をつくりあげてきたこうした概念が、しだいに薄れつつあります。
人間の生きる条件から環境問題を捉え直す
バレン●分野を横断する学際性が必要なのは明らかですが、「学際性」は「国際性」と同じくらいややこしい概念です。他分野の研究者との協働は、そうかんたんではありません。「学際性」のかけ声のもとに、ある特定の学術分野で主題が決められ、他分野に協力を求めます。たとえば地球科学的な観点で研究目標を設定し、経済学や社会学など、地球科学以外の分野との協働をよびかける場合、地球科学に軸足をおくリーダーを頂点とするヒエラルキーができあがってしまうのです。
そこで求められるのが、学際性から超学際性への移行と、トップダウン型からボトムアップ型への移行です。
私たちのめざす超学際性とは、科学者でない人たちの視点で学問の対象を科学の枠の外に引きずり出すことです。私たちが問うべきは、「身近な生活を変えるために学問はどう貢献できるのか」です。そこで、ヒエラルキーではなくコミュニティをつくる方法で、あらゆる学問分野から人を集めようとしています。
私たちはまず自分の生活のなにが変われば世界のなにが変わるのか、その因果関係を正しく理解しなくてはなりません。そのための試みの多くは、国際的な協定や学際的な協力にもとづく国家主導の取り組みに留まっています。全人類にかかわる重要な課題をトップダウン型の意思決定で解決すべきだというのは、それ自体に矛盾をはらんでいます。そうした意識から変えねばならないのではないでしょうか。
さらに、次のステップとして、教育マニュアルを見直し、若い人たちの学び方を変える必要があります。グローバルな責任を理解できるように、人びとの知的水準を上げなくてはいけません。
ナイルズ●グローバルな責任とはなんでしょうか。
バレン●人間が自然に与えるインパクトは絶大で、ローカルな行動が地球規模の影響をもたらします。自分たちの暮らす地域や国家に対する責任と同時に、私たちはグローバル市民もしくは地球市民としての責任を求められているのです。私たちが日々なにをどのように食べ、どのような服を選び、どのように家を建てるかを、あらためて学び直さなくてはなりません。私たちが新たに見いだす「生きる喜び」のかたちは、私たちの生きる環境、ひいては私たち自身にとって、害のないものにすべきです。
そこで重要になるのは、人間の社会と自然を統合して考えることです。環境科学が確立された経緯や、19世紀におけるヘーゲルの生態学などでは、自然科学や生物学、地質化学などのように、自然を特定の視点から捉えてきました。けれども、人間の生き方が課題なのだとしたら、人間を捉えなくてはなりません。これもIYGUの理念の一つです。
そのいっぽうで、私たちは肉体をもつかぎり自然の一部なのです。人間のためだけの環境を語るのもまちがいで、未来の世代に地球を残すためには、地球上のすべての生物が生きられる条件を語らなくてはなりません。そのバランスが崩れれば、すべてが崩れます。
持続可能性にむかう道は、地域ごとにちがっていい
ナイルズ●2016年は、IYGUにとってどのような1年でしたか。
バレン●地球規模の持続可能性に向かう道は、それぞれの文化によってちがっていい。これはIYGUの中心概念の一つです。自然から社会へとむかう論理を転換して、多様な文化の視点から、地球規模での持続可能性をめざす道を探ります。
IYGUでは、アジア、ヨーロッパ、アメリカやラテン・アメリカなど、世界各地に地域活動センターを設置しています。たいせつなのは、センターがその地域社会で適切に機能するかどうかですから、活動計画の策定や意思決定においては現地のセンターに大きな権限を与えています。
地域活動センターの主たる活動分野は3つ。研究、教育、そして情報発信です。自然環境から人間社会を捉えたり、国際的な協定から国家的な規則に落としこむトップダウン型ではなく、どのようにしてグローバルな理解を育み日常生活を改善すべきかを考えるのです。
「研究」分野に関しては、超学際への移行が重要です。
2つめの「教育」分野では、グローバルな持続可能性を理解するための修士課程プログラムをつくりました。あらゆる国のあらゆる大学で展開できる普遍的なフレームワークです。ここで重要な点は、異なる学問分野同士を統合することです。学生はもちろん学者の意識改革をもたらすようなネットワークを、世界各地の大学を結んで構築すれば、異なる文化の文脈を経験する機会が増えます。大学だけではなく研究機関にも働きかけます。
IYGUでは、若い学生や子どもたちを対象に、絵画や詩、ストーリー・マップなど、たくさんのコンテストを実施しています。より多くの人びとをIYGUの活動に巻き込む方法の一つです。こうした活動をとおして、ローカルな行動のグローバルな影響と、グローバルな活動のローカルな影響の両面を考えてもらうことがねらいです。アートも積極的に取り入れています。私たちは、このグローバル化の時代に沿った新たな美を求めているからです。
「情報発信」も重要です。私たちは、一般市民や学術研究以外の専門家と話す機会も積極的につくっています。
たしかな理解が知識と行動のギャップ〉を埋める
バレン●IYGUの発足もふくめ、2016年には地球全体を大きく動かすできごとがたくさんありました。若い学生や子ども、地域レベルで活動するNGOの人たちによる「グローバルな理解」を広める草の根の運動が各地で立ちあがりました。IYGUは国連の承認を受けていませんので、そうした運動をサポートする資金力はありませんが、運動がたくさん生まれたことで、「国際地球理解年」はもっとも成功した国際年の一つだといえるでしょう。
自分の日常生活を変えたからといって、ただちに利益を得られるわけではありませんし、得られたとしても、きわめて長期的な利益です。しかし、グローバルな理解が進むと、「わかっているのに行動に結びつかない」──いわゆる〈知識と行動のギャップ〉を克服できます。そうした意識の変化が、一人ひとりの日々の行動を変える契機になり、草の根の運動につながるのです。
ナイルズ●2017年8月にベルギーで世界人文会議(World Humanities Conference)が開催されますね。
バレン●UNESCOおよびCIPSHの後援をうけて、人文科学分野の協調的な研究会を国際規模で開催しようとする初の試みです。IYGUもこれに連携し、社会科学と自然科学だけでなく、芸術をふくめてあらゆる学問分野の研究者を集めようとしています。
IYGUは、フューチャーアース(Future Earth:
FE)とも協働しています。FEは、社会科学と自然科学の融合になくてはならない存在です。FEとIYGUとの二つの機関の連携に対して、もちろん反対意見もあるでしょうが、世界に与える影響力は増しています。現在FEとIYGUは、自然科学、社会科学、人文科学など、さまざまな団体とともに、国連の制定する「国際の十年」についての議論を進めています。
2008年に私たちがIYGUの活動を始めた当初は、みんなの反応は「グローバル、なに……?」というくらいでしたが、「グローバルな理解(global
understanding)」とグーグルで検索するといまでは50万件ちかくヒットします。これは「グローバルな理解」への意識が高まっている一つの証といえるでしょう。まだまだ足りませんが、未来を照らすよい兆候です。
ナイルズ●ありがとうございました。地球研でも、超学際性をだいじにして、その方法を模索しています。持続可能性にむかう道は、文化的に異なってもよいという理念も、地球研と共通する部分があります。今後ともなにかしらの協力ができればと思います。
(2016年11月30日 地球研にて)
*英語でのインタビュー内容をもとに日本語に翻訳・編集しています。

龍源院にて、庭を望むバレンさん

WERLEN, Benno
1952年にスイスに生まれる。地理学、民俗学、社会学、経済学など、専門は多岐にわたる。自然科学で大学教授資格試験に合格、スイス連邦工科大学チューリヒ校、ザルツブルク大学、ジュネーブ大学、UCLA、LSEなどで教鞭をとる。1998年から、ドイツのフリードリヒ・シラー大学イェーナで社会地理学教授。国際地理学連合(IGU)文化地理学研究委員会の議長やIYGUの代表を務める。
NILES, Daniel
専門は地理学。地球研研究基盤国際センター准教授。2008年から地球研に在籍。