特集3
第6回同位体環境学シンポジウムの報告
ネットワークの拡がりが促す同位体環境学の発展
報告●陀安一郎(地球研研究基盤国際センター教授)
関係者の方がたには年末の風物詩になっている「同位体環境学シンポジウム」を、本年度は2016年12月22日に開催した。6回めになる今回は、同位体環境学共同研究を進めている研究者・学生を中心に、119名が参加し、59件のポスター発表を実施した。専門分野に特化した学会と異なり、同位体をキーワードとした学際的な交流をめざしている会である。参加者の方がたによって活発に意見が交わされ、所期の目的を達成できた
本シンポジウムの目的は、同位体環境学共同研究採択者にご参加いただき、大学院生やポスドクなどの次世代研究者のあいだの交流をはかるとともに、同位体環境学共同研究を促進し、ネットワークを強化することにある。同位体環境学共同研究は、各自の分析目的によって個別に地球研を訪れて分析をするというのが通常の研究スタイルであるため、研究計画や結果は個別の機関で吟味するのがふつうである。しかし、このようなネットワークを活用していただくために、研究があるていど進んだ時点で、完全にまとめきれていない段階であってもいちど成果発表の機会を設けている。異なった分野からの意見もふくめて議論を深めることで、研究の深化を期待している。
今回のシンポジウムには、大学・研究機関のみならず、研究ネットワーク、地方自治体、自治体の研究所などもふくんだ17組織の後援を受けた。セッションとしては、大気からの物質負荷、水循環過程、水質と物質循環・集水域特性、生物多様性と生態系機能、産地判別・文明環境史、手法開発・その他に分けたが、相互に研究内容を理解し、共同研究を発展させる触媒となればありがたいと考えている。第4回から開始した毎年2名の基調講演も、とくに若手の研究者にとって研究を概観できるよい機会となっている。本シンポジウムは、同位体環境学共同研究採択者むけであるが、まだ共同研究を始めていない方の発表や聴講も推奨しているので、今後さらにネットワークが拡がればと思っている。
なお、毎年5月に開かれる地球惑星科学連合大会(2017年度はJpGU-AGU Joint
Meetingとして開催)での「環境トレーサビリティー」セッションで、同位体環境学共同研究のネットワーク以外の方にも広く成果発信をしていただく機会を設けている。そちらのほうも積極的にご参加いただければと考えている。
シンポジウムの流れと議題等の報告
シンポジウムは、安成地球研所長の挨拶から始まった。そのあと、陀安から「同位体環境学共同研究の視点と目標」という演題で、第1回からのシンポジウムの経緯をふり返るとともに、本シンポジウムの開催目的を説明した。また、同位体環境学共同研究の事業説明を行ない、2017年度の公募を近いうちに行なうことを伝えた。
そのあとは、ポスター発表のエッセンスを発表する「2分間口頭発表」である。第4回からつづけていることもあって、皆さんエッセンスをコンパクトにまとめていただき、一通り聞くことでなにが研究されているかを概観できる企画となっている。今年からは、発表に奇数番号/偶数番号を振り、午前/午後に分けることで、まんべんなく聞けるようになったと好評であった。
午後からは、京都大学生態学研究センターの木庭啓介氏から「微量溶存窒素化合物の同位体比測定とその応用」、岡山大学理学部の井上麻夕里氏から「環境指標として多用されるサンゴ骨格とその成長メカニズムについて」という2題の基調講演を行なっていただいた。同位体環境学共同研究は幅広いディシプリンにもとづいているため、すべてにわたって基礎知識をもつことはむずかしいが、毎年専門の異なる研究者の講演をきくことで、全体のレベルアップにつながればと考えている。


基調講演での質疑応答

ポスターセッションでポスターを観覧する参加者
同位体環境学シンポジウムのあゆみ
- 第1回……2011年9月 〈34号〉
- 第2回……2013年2月 〈42号〉
- 第3回……2013年12月 〈46号〉
- 第4回……2014年12月 〈53号〉
- 第5回……2015年12月 〈59号〉
* かっこ内は地球研ニュースでの報告掲載号
参加者から
若手研究者にとっての貴重な場
山下勝行 (岡山大学大学院自然科学研究科)
同位体環境学委員会の委員として2011年から参加している同位体環境学シンポジウムは、今回で6回めとなった。同位体環境学共同研究の採択者が、その年の研究成果をもちより、意見交換をすることを目的として始まった本シンポジウムも、初期のころは改善すべき点も多かった。参加者の専門分野をみるとわかるように、このシンポジウムの参加者はかならずしも環境科学の専門家ばかりではない。地球科学はもちろんのこと、人類学、生物学から宇宙化学にいたる、さまざまなバックグラウンドをもつ研究者が「同位体」という一つのキーワードを共有して地球研に集まり、専門的な学会では味わうことのできない、ユニークな議論を展開している。
しかしそのいっぽうで、専門外の発表に、長時間集中して参加することは容易ではない。このような状況を考慮して、当初2日間行なわれていたシンポジウムを1日へと短縮し、さらに口頭発表を2件ていどに絞り、ポスター発表を中心としたシンポジウムへと変えていった。この変更は結果的にひじょうによかったと考えている。ポスター発表を中心とすることで、専門外の発表内容を理解できるまで説明してもらうことが可能となり、発表者自身も分野の垣根を越えた、貴重なコメントを得ることができるようになった。
近年は研究費の削減に、学会参加費の高騰が重なり、若い研究者が気軽に学会に参加することが困難になりつつある。これは次世代の研究者の育成という観点から考えると危機的な状況であるといわざるをえない。そのようななか、若手を中心とした多くの研究者を毎年迎え入れている同位体環境学シンポジウムの役割はきわめて重要であり、今後とも継続して開催できるよう、多くの方がたのサポートを期待したい。
相互作用をすすめて、さらなる研究の発展を
齋藤辰善 (アジア大気汚染研究センター)
同位体環境学共同研究に参加させていただき早3年、本シンポジウムが年々充実してゆくところにも立ち会わせていただいております。この成功は、地球惑星科学連合大会におけるセッション主催や同位体環境学講習会の開催といった、これまでの皆さまのご尽力が「相互作用」した結果と思います。
今回のシンポジウムも、陀安先生が会場でキーワードとして挙げられた、まさに「相互作用」の場となりました。17の後援機関を見ただけでも、じつにさまざまな組織の方が同位体環境学をつうじてつながり、研究活動を行なっていることがわかります。そういった方がたが一堂に会する場となれば、「相互作用」も活発化するのは当然のことです。たとえば、同じ機器で同じ元素を分析している者同士であれば、分析の精度・効率向上のための情報交換に熱が入るのはもちろん、異なる切り口でのデータ解析からは新たな発見が生まれることも多々あります。また、他元素や他分野についての発表には、新たな興味をそそられます。こういった「相互作用」は、機器の共同利用のみにとどまらず、情報交換の場をあわせてつくっていただいているおかげであると考えております。
回を重ねるごとに盛況となってゆくシンポジウムに参加させていただいていますと、今後は、データ集積・オープンデータ化、超学際的研究なども進展し、同位体環境学はさらなる発展を遂げてゆくものと期待してやみません。それとともに、その発展の一助となれるよう取り組んでゆかなければと感じております。
地域への還元をつねに念頭に
神谷貴文 (静岡県環境衛生科学研究所)
5回めの参加となった同位体環境学シンポジウム、いまや自分のなかではクリスマスシーズンのメインイベントとなっています。さて、今回はポスター発表にコア・タイムが導入されたことで、自分以外の発表者の研究についてくわしく拝聴でき、たいへんよかったと思います。恒例の2分間プレゼンも、同位体環境学研究の全体的な動向を把握できただけでなく、効果的な短時間のプレゼン・テクニックを勉強するよい機会となりました。今回参加されていた多くの若手研究者も参考になったのではないでしょうか。
われわれのような地方自治体の研究所ではとても自前で導入できない、地球研の分析機器を長らく使用させていただいており、日々(かならずしも充分ではないと思われる人数で)研究サポートや分析手法の開発、機器のメンテに携わっているスタッフの方がたにはとても感謝しています。
2016年度は、一般共同研究として安倍川下流域の水質マップを作成しています。完全にユーザーの立場となっているわけですが、シンポジウムの冒頭の挨拶で安成所長がおっしゃっていた「社会との連携」に関しては、つねに意識しながら研究を実施しています。研究所の立場上、われわれは、研究発案段階でその研究が県民や県の行政施策にどのように役だつか、ということを考えています。たとえば、今回発表した水質マップは、地下水の特徴や流動パターンを読みとき、県で推進している地中熱利用の普及のための適地マップ作成に活用してゆくという計画に組みこまれています。地球研のめざしている、地域とのネットワーク化に、われわれのような自治体の研究所が果たす役割は小さくはないのかなと考えています。

シンポジウム参加者の顔ぶれ
たやす・いちろう
専門は同位体生態学、同位体環境学。研究基盤国際センター計測・分析部門教授。2014年から地球研に在籍。