特集2
公開シンポジウム「食と暮らしのものがたり──テロワールを活かす」の報告
地域社会と紡ぐ「六人称の研究」
報告● 石山 俊 (地球研プロジェクト研究員) + 宮嵜英寿 (地球研プロジェクト研究員) +
荒木良一 (和歌山大学教育学部准教授)
撮影●大坪史人
所外の専門家や地域で活動する人びとと語らい、新たな知を編みだすことを目的に開催される地球研公開シンポジウム。今回は、2017年1月21日、和歌山大学松下会館において、地球研研究プロジェクト「砂漠化をめぐる風と人と土」と和歌山大学食農総合研究所の共催によって実現した
食と暮らしの実践者と研究者たちが、同一のステージでどこまで語り合えるのか、そんな期待と不安を抱えながら、「食と暮らしのものがたり──テロワールを活かす」の準備を進めてきた。
「テロワール(terroir)」とはフランス語で、耕作適合地域、とくにワイン用のブドウ産地を意味する。和歌山をはじめとして、それぞれの地域の風土を活かして、食と暮らしのものがたりを紡ぎながら地域活性化を考えてゆくことが、このシンポジウムの目的であった。(石山)
各講演の報告
基調講演
基調講演では、田中 樹さん(地球研教授)が、ベトナム中部の社会的弱者を対象とした、「暮らしの向上」と「生態環境の保全」を両立させる数かずの取り組みを紹介した。
例を挙げると、捨て場に困る稲ワラをキノコ栽培に利用し、新たな収入源とする。さらに、菌糸が蔓延した使用ずみのワラをミミズの餌にし、丸まると太ったミミズを魚釣りの餌として販売する。そして、ミミズ養殖で出てきたフンは肥料として農地へと還元される。このような、「ローテク」によって数段階の利益を生みだす連鎖には、日本の地域活性化のアイディアに対しても多くの示唆が埋めこまれている。講演中、地域住民の主体的な関与が重要であったと言及されたが、筆者は地域住民が、ミミズの餌の実態を在来知として有していたことも重要であると考える。アクションのみが注目されがちな地域活性化でも、その基層にある、地域で育まれてきた在来の知識がとても重要であることを再認識した。
講演1
井狩篤士さん(株式会社イカリファーム代表取締役)の講演では、農家を継ぐにあたり、「なぜ農業は儲からないのか」という問いを自身に突きつけ、効率的な農業経営を実践し、儲かる農業を実現するための具体的なアイディアが紹介された。投資するべきものには惜しみなく投資するが、稼働時間が少ない作業機械運搬車などの機械は中古を購入すれば充分で、それをたいせつにつかう、という機能重視のイカリファームの経営戦略には全国から注目が集まり、視察団が頻繁に訪れるという。
講演2
つづいて岸上光克さん(和歌山大学食農総合研究所准教授)は、卸売市場や農産物直売所の経営実態等を、ご自身がじっさいに自治体職員として地域活性化に携わった経験をふまえながら紹介した。
講演3
石山 俊さん(地球研プロジェクト研究員)と三村 豊さん(地球研研究基盤国際センター研究推進支援員)の「家族で語るIターン──綾部の半農半蕎麦、安喰さん一家の座談会記録より」では、京都府綾部市に住むIターン者である安喰 健一さんの半農半蕎麦のなりわい(農業を行ないながら蕎麦屋を経営)と生活を、家族との座談会の映像を中心に紹介した。安喰さんの理想の生活像や、奥さんやお子さんの気持ちが表現されており、家族のそれぞれが感じるI ターン暮らしの楽しさや苦労が伝わってきた。安喰さんたちが語った楽しさや苦労は多くのIターン者に共通するのではないだろうか。
講演4
吉川誠人さん(NPO法人にこにこのうえん理事長、株式会社紀州まちづくり舎代表取締役)の講演テーマは、「まちを元気に!紀州まちづくり舎の取り組み」であった。大学卒業後バックパッカー、WWOOF*による農作業などを経験したあと、吉川さんは和歌山市郊外で「人と地球に優しい農業」の実践に取り組みはじめた。それと並行して、里山ひろばや自給自足体験などの多岐にわたるワークショップを展開し、地域の人びとと農をつなぐ活動をつづけている。また、NPO 法人の事業として、ぶらくり丁商店街の空き店舗をリノベーションして開店した、「石窯ポポロ」と「almo」での食品加工と販売の取り組みについても紹介した。
講演5
土田高史さん(山本勝之助商店代表)は、「和歌山県産ぶどう山椒の海外展開と新規利用法開発」について講演した。身体的負担が大きいミカンや柿の収穫や搬送が困難になった高齢農家が最後に行きつく先は山椒栽培だ。しかし、いまや山椒農家の高齢化も進み、山椒栽培の存続が危ぶまれる状況にある。そこで、土田さんは山椒の販路の拡大を図り、新しい利用方法を開発して、新たな需要を創造することが、後継者を育み、和歌山の農業を守ることにつながる道であると考え、さまざまな取り組みを行なっている。とくに、スパイスとしての山椒の魅力を海外発信し、海外での販路の開拓、山椒のさらなる効能を解明するための産学連携の取り組みに力を入れているという。
講演6
植田淳子さん(和歌山大学食農総合研究所特任助教)の講演は、「人と地域を活かす グリーンツーリズム」であった。植田さん自身が10年間事務局長としてかかわっていた、大分県のNPO法人「安 心院町 グリーンツーリズム研究会」の取り組みが紹介された。グリーンツーリズム界の「西の横綱」ともよばれる、安心院町の取り組みの特色は、農村民泊にある。「1回泊まれば遠い親戚、10回泊まればほんとうの親戚」という合言葉によって、農村と都市の絆を深めてゆこうとするものである。多数の試行錯誤を経て、グリーンツーリズムが確立し、いまでも試行錯誤をつづけながらよいものにしてゆこうとする、当事者ならではの説得力がある内容であった。(宮嵜・荒木)
* WWOOFとは、World Wide Opportunities on Organic Farms(世界に拡がる有機農場での機会)の略称で、農作業をつうじたホストと体験者との交流運動である。体験者が一定の労力を提供すると、宿泊・食事などがホストより提供される。このしくみで世界を旅する人も多い。

参加者からの質問に答える岸上さん
食と暮らしのものがたり ── テロワールを活かす
- ■ 主催 和歌山大学食農総合研究所、
- 地球研「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト
- ■ 日時 2017年1月21日(土)9:30~16:25
- ■ 場所 和歌山大学松下会館 和歌山大学地域連携・生涯学習センター
プログラム
■ 開会挨拶・趣旨説明
■ 基調講演
- 暮らしの向上や災害対処、生態環境の保全をぜんぶかなえる?!──ベトナム中部の事例から
田中 樹(地球研教授)
■ 講演
- ●『生き残る農業経営』の実践!
井狩篤士(株式会社イカリファーム代表取締役) - ● 野菜・果物の流通事情
岸上光克(和歌山大学食農総合研究所准教授) - ● 家族で語るIターン──綾部の半農半蕎麦、安喰さん一家の座談会記録より
石山 俊(地球研プロジェクト研究員)、三村 豊(地球研研究基盤国際センター研究推進支援員) - ● まちを元気に! 紀州まちづくり舎の取り組み
吉川誠人(NPO法人にこにこのうえん理事長、株式会社紀州まちづくり舎代表取締役) - ● 和歌山県産ぶどう山椒の海外展開と新規利用法開発
土田高史(山本勝之助商店代表) - ● 人と地域を活かす グリーンツーリズム
植田淳子(和歌山大学食農総合研究所特任助教)
■ 総合討論
■ 閉会挨拶


あらぎ島(嶋新田)。和歌山県有田郡有田川町にある日本の棚田百選に選ばれた景色(荒木良一撮影)

総合討論にて、会場からの質問に答える登壇者

さまざまな写真を紹介しながらみずからの経験を語る吉川さん
総合討論によせて
総合討論でとくに議論されたのは、高齢者のサポートに関することであった。田中さんは、高齢のために山菜を採りに行くことができなくなったベトナムの老女から相談されたさいに、家庭菜園の中でも山菜が栽培できるしくみを導入した事例を紹介した。井狩さんの農場では、高齢者でもむりなくできる作目を考え、むりなく働ける仕事をつくることで周辺農家の高齢者を雇用している。岸上さんは、お弁当宅配サービスのさいに、高齢者だからといってあっさりしたものよりも、ふだん料理しない揚げものなどのこってりしたもののほうが喜ばれる、というご自身の経験談を話された。吉川さんによれば、高齢者は子どもたちとの接し方がうまく、ワークショップ開催時に場を和ませる存在であるという。土田さんは山椒栽培をする高齢者のところへ集落外の人たちが訪れることで、彼らが元気になることを指摘した。この点は、植田さんがかかわってきた農村民泊グリーンツーリズムで民泊者を受け入れる農村の方がたの姿と重なるものである。(宮嵜)
総括
「食と暮らしの実践者と研究者たちが、どこまで同一のステージで語り合えるのか」という、私たちが抱いた危惧は、今回のシンポジウムにかぎっては思いすごしのようであった。しかし、この命題はどのような状況においても可能となるものでもないだろう。このシンポジウムで「異業種間対話」が成立したのは、話題が事例中心であったことが理由であると考えている。たとえば、実践者からの質問では、「Iターンの人の収入は」、「経営的に成り立つのか」といった世帯経済、組織経営に関するものが多かった。こうした経済・経営的関心と結びついて、個人的なやりがいと活動の社会的意義が意識されていたように感じられた。
「六人称の研究」をめざして
最後に、シンポジウムからヒントを得たアイディアを提示してみたい。それは「六人称の研究」である。地域活性化の場においては、第六次産業が注目されている。このシンポジウムの多くの参加者が産業の六次化を意識の隅においていたように思われる。第六次産業とは、生産すなわち第一次産業、加工すなわち第二次産業、流通・販売すなわち第三次産業を足したものあるいは掛けたもので、これらの3段階に第一次産業従事者が主体的にかかわり、第一次産業を活性化させようとするものである。
では「六人称の研究」とはなにを意味するか。研究の立場からみれば、客観的考察、つまり対象を彼・彼女(ら)、それ(ら)、つまり三人称としてみなすことが前提であった。しかし、客観性だけではなく、「そう考える研究者の私(たち)」すなわち一人称をあえて強調することによって、対話の相手、今回のシンポジウムの場合では個々の参加者(フィールド調査では、そこで出会う人びとなどもふくまれる)である二人称の人びととの共有事項を増やしてゆく。この足し算(掛け算)が「六人称」となる。こうした関係性の積み重ねが、「研究する人」と「研究される人・モノ」という固定概念を溶かしてゆくと期待している。「六人称の研究」は、研究の社会化および地球研が第3期中期目標・中期計画下の研究活動においてめざす社会連携に資するものになり、地域の活性化にも結びついてゆくのではないだろうか。(石山・宮嵜・荒木)
後日談...
吉川さんが農園に建てたストロー・ハウスに興味をもった井狩さんは、シンポジウム終了後にさっそく、ストロー・ハウスづくりのアドバイスを吉川さんに依頼したそうだ。今度、吉川さんがイカリファームを訪れ、みんなでストロー・ハウスづくりにとりかかるという。このシンポジウム自体も「テロワール」だとすれば、そこが知的生産の場であったと同時に、参加者同士の新たな結びつきをもたらした場であったことも大きな収穫であったと思っている。(石山・宮嵜・荒木)
いしやま・しゅん
専門は文化人類学。研究プロジェクト「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト研究員。2008年から地球研に在籍。
みやざき・ひでとし
専門は土壌学。研究プロジェクト「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト研究員。2007年から地球研に在籍。
あらき・りょういち
専門は植物栄養学、育種学。植物が有する機能を高めるため遺伝子レベルの研究を進める。和歌山大学教育学部准教授。2015年から地球研客員研究員。