百聞一見──フィールドからの体験レポート
世界各国のさまざまな地域で調査活動に励む地球研メ ンバーたち。現地の風や土の匂いをかぎ、人びとの声に 耳をかたむける彼らから届くレポートには、フィールドワークならではの新鮮な驚きと発見が満ちています
震災後の福島県沿岸域の光景
藪崎志穂 (研究基盤国際センター研究推進支援員)
2012年9月。それは、東北地方太平洋沖地震が発生した2011年3月11日からおよそ1年6か月後のことである。沿岸域の地下水流動を把握することを目的とした科研の調査のため、津波の浸水被害を受けた福島県沿岸域に赴いた。福島市から車で移動し、当時、全村避難の対象となっていた飯舘 村を通過して、沿岸近くまで辿りついた。そこで目にした景色に、私はことばを失った。アスファルトの舗装が剥がれ、路肩が大きくえぐられて通行止めになっている道路。鉄骨がむき出しになって倒れた電柱。湖のように水が溜まった水田跡地。道端に置かれたままの原型をとどめない自動車や農耕機。大きく破損した家屋や、基礎だけを残して地表にあったものはすべて流された民家の跡地。壊れた橋や海岸堤防。そして、至る所に置かれたままの、木材や金属破片等のがれきの山。震災から1年以上が経過しているのに、まるで時間が止まってしまったかのような光景がそこには拡がっていた(写真1)。
震災後の沿岸域の光景
震災の影響が色濃く残る南相馬市から北上し、新地町に向かった。以前、訪れた内陸の湧水は当時と変わらずにそこにあり、採水を行ないながらほっとした気持ちになった。しかし、2008年の調査時に利用した新地駅の駅舎はなくなっていた。線路も失われていた。当時は駅の周辺に立ち並んだ家屋で視界は遮られ海は見えなかったが、周りの建物がすべて流されてしまったいまは、海岸線がまっすぐ伸びるようすが目に入ってきた。記憶に残る震災前の景色とのちがいに、なんともいえない感情が込みあげて、しばらく立ちつくしてその光景を見つめることしかできなかった。
南相馬市の湧水(弘法清水)
2012年以降、継続して調査を行なっている湧水がある。弘法清水とよばれるこの湧水は、「水の不自由な場所に弘法大師が泉を湧かせた」という伝説をもつ湧水の一つで、日本各地に同様の湧水が分布している。海岸から約1.5km内陸に位置するこの一帯もまた、津波の浸水被害を受けた場所である。高低差2mほどの高台と低地のちょうど境に位置しており、低地側にある湧水の周りの家は津波で流されてしまった。この湧水は地面の下から水が湧くタイプの湧水で、以前は民家の入口にあり、住民の洗い場としても利用されていたという。
2012年9月に採水した当時は、EC(電気伝導率)が約100mS/mで一般的な湧水(10~20mS/mくらいが多い)にくらべて高く、水質もNa-Cl型の海水成分を含む組成を示し、海水浸水の影響が強く表れていた。ECはじょじょに低くなってきており、津波の影響が薄れつつあることを実感している。それにともない、水辺に生える植生も多くなってきた。震災当時はがれきが混ざり、茶色の砂底だけが見えていたが、2016年12月に訪れたさいには、多くの植生を見ることができた(写真2)。南相馬市博物館学芸員の稲葉
修氏によると、この湧水で「チャイロカワモズク」という藻類の生育が確認されたという*。塩分濃度が高いと生息がむずかしいため、津波が浸水した直後は姿を消してしまったが、塩分濃度の低下にともない再び生育できるようになったと思われる。今後も沿岸域周辺の湧水の調査をつづけながら、水質変化が植生に与える影響についても着目してゆきたいと考えている。
沿岸域の堤防建設と自然環境の保護
現在、岩手県から福島県の沿岸域で、大規模な堤防建設が進められている。南相馬市では高さ約7.2mの堤防建設が予定され、2016年12月時点で着工している地域も増えてきた。堤防は今後人びとが安心して暮らすためには必要な施設なのかもしれないが、いっぽうで、周辺の自然環境が壊されている。湿地の消失もその一つである。堤防や道路の建設、周辺の地盤改良等の工事が進み、湿地が埋められて消えている。一部の湿地にはミズアオイなどの植物が確認されており、昆虫などの生息域でもある。湿地が失われることにより、周辺の生態系が崩れてしまう可能性も指摘されている。災害復興と自然保護、両立させるためにはむずかしい問題もあるとは思うが、いちど失われてしまったものをもとに戻すのは容易ではない。地域の自然調査を地道につづけて、それを発信してゆくことの重要さをあらためて実感している。
* 南相馬市博物館(2016)「被災地の原野に生きる──南相馬市の生き物と人・暮らし平成26年度特別展」p.22

写真1 南相馬市沿岸域の津波浸水被害を受けた地域。流された自動車などがそのまま置かれている(2012年9月撮影)

写真2 南相馬市の沿岸域近くの湧水(弘法清水)(2016年12月撮影)
やぶさき・しほ
専門は同位体水文学。各地の地下水や湧水等の水質特性の把握や地下水流動の研究を実施している。2016年4月から地球研に在籍。