連載
実りのとき ………… 研究プロジェクト終了によせて
地球研ですごす数年間には、論文や報告書には収まりきらない、魅力的な出会いがたくさん。終了間近のプロジェクト関係者が、そんなひみつの宝物のような思い出をふり返ります。
東幡豆、時空間の旅「写真」から地域を見る
本間咲来(地球研プロジェクト研究推進支援員)
「東幡豆の今昔写真集をつくりたい」と希望したのは、東海大学海洋学部の李 銀姫
先生である。数年前から、李先生はゼミの卒業研究の一環として学生たちとともにこの地域のむかしの写真を集め、現在と比較する活動をしてきた。2015年の12月には、毎年開催している現地報告会にあわせて「今昔写真展」を開催、地元の方たちにも好評だったようだ。
東幡豆とは愛知県西尾市東幡豆町のことである。三河湾に面した小さな漁港町だ。私たちエリアケイパビリティー(Area-capability:
AC)プロジェクトのフィールドの一つで、東海大学海洋学部のメンバーがプロジェクト開始以前から沿岸生態系や地域社会の調査をしている。かつては船曳網漁業がさかんで、さらに観光開発によってにぎわった時期もあった東幡豆だが、いまは人が減り、漁師も減り、潮干狩りシーズン以外はとても静かで、とりわけ海寄りの地区はやや時代に取り残された感が否めない。とはいえ、沿岸域が大々的に発展しなかったのが逆によかったのだろう。ここには豊かな海の自然が残された。そのことはプロジェクトの調査によっても明らかになっている。海とそれをとりまく環境の豊かさは、この地域の大きな財産といえる。
ACプロジェクトでは、その地域に特化した財産を「地域資源」とよんでいる。地域資源を活かすことで、地域はさらに発展し、また、人びとも自分の住んでいるところにますます誇りがもてるようになるのではないか、と私たちは考えている。
3人が感じた東幡豆
李先生が提案した写真集制作の意図は、時間を超えて東幡豆の自然と人びとの暮らしを描きだすところにあった。むかしといまでさまざまな変化はあるだろうが、変わらずにある「東幡豆らしさ」というものがあるのではないか。あるとすればなにか。それをこの地域の今後にどうつなげてゆくか。こうしたことを写真から紐解き、東幡豆の「地域資源」を考えてゆくという試みである。
この冊子の制作に、私とプロジェクト事務担当の木村文子さんも加わることになった。プロジェクト成果物の制作業務をしている私がかかわるのは自然な流れであったが、木村さんに白羽の矢が立ったのは、新鮮な目でこの地域を見つめる存在が必要だったからである。李先生は研究者なりの見方で地域を見るだろう。私は職務上、どう本をまとめてゆくかが気になってしまう。一般的な感覚をもち、さらには東幡豆にはまだ一度も訪れたことのない木村さんが入ることで、それぞれの思いのバランスを保つことができ、また、バイアスをかけずに東幡豆という地域を描くことができると思った。
私たちは、11月中旬の秋晴れの日、東幡豆に集合した。李先生はすでに何度もここを訪れている。私も4、5回は来たことがあり、少しはこの地域のことを知ったつもりでいた。だが、今回は3人である。知っている者と知らない者がともに感じた東幡豆の印象をたいせつにするように心がけた。これまで何度も訪れた海岸や干潟をまた訪れ、いつもお会いしている人びととまたお話をした。知っている者にとっては、東幡豆をおさらいするための旅、あらためて東幡豆を発見する旅になったといえる。
私たちはこの旅で感じた東幡豆として、「海」とそれに寄り添う人びとの暮らしに焦点を当てることにした。この地域の魅力は、やはり海である。それから、地域や自分たちのためにたくましく生きている人びとの存在も大きい。写真集は、「産業」「観光」「暮らし」「未来」といった多様なものを内包してきた豊かな東幡豆の海をつうじて、この地域のむかしからいまにいたる営みをたどるものとして完成した。タイトルを「今昔写真集」ではなく「今昔紀行」としたのは、東幡豆の〈昔-今〉という「時間」、東幡豆という「空間」を旅するような気持ちで読んでもらいたい、と思ったからである。
プロジェクトの活動を引き継ぐものとして
2017年1月、東海大学海洋学部の呼びかけで「三河フィールドコンソーシアム」が発足した。東海大学のほか、人間環境大学、豊橋技術科学大学、北海道大学のメンバーが、三河湾域の自然環境や文化社会を調査しながら、ともに三河湾域の地域全体をつなげるさまざまな取り組みをしてゆくというものだ。ACプロジェクトは2017年3月で終了してしまうが、「地域資源」の発掘と発信はこれからも続いてゆく。今後は三河フィールドコンソーシアムの活動をとおして、東幡豆を含む三河湾域の魅力がますます発見され、伝わってゆけばいいと思う。
『育みの海 ── 東幡豆今昔紀行』
(2017年3月発行、非売品)
* プロジェクトのウェブページからPDFをダウンロードできます
http://www.chikyu.ac.jp/CAPABILITY/books.html
ISBN978-4-906888-42-9


東幡豆漁協市場の前から臨む海の景色

東幡豆の干潟にて、奥に見えるのが前島(左から李先生、本間、木村さん)
ほんま・さき
研究プロジェクト「東南アジア沿岸域におけるエリアケイパビリティーの向上」プロジェクト研究推進支援員。プロジェクトの成果公開にかかわる業務を担当。