特集1

プログラムディレクターへのインタビュー

社会の仮想将来世代としての地球研 新たなステージと可能性にむかって

話し手●西條辰義(高知工科大学教授、地球研客員教授)

聞き手●遠山真理(地球研広報室特任准教授)

編集●遠山真理

地球研は2016年4月から「第3期中期目標・中期計画」に入り、新たにプログラム‐プロジェクト制を導入した。各研究プロジェクトは、3つある実践プログラムのいずれかに振り分けられ、プログラムの課題に沿って研究を進めている。新しい地球環境学の構築にむけて、統合知の形成をいっそう促進することをめざした体制となった。2017年4月からプログラム3「豊かさの向上を実現する生活圏の構築」のプログラムディレクター(PD)を務める予定の西條辰義さんが考える地球研のあるべき姿とはどのようなものか、どのように変えようとしているのかをうかがった

西條●私はもともと日本学術会議「フューチャー・アース(FE)の推進に関する委員会」のメンバーでした。そこで地球研研究基盤国際センターのハイン・マレーさんと知りあい、私の『フューチャー・デザイン──7世代先を見据えた社会』という本に興味をもってくださった。2015年に地球研で開催された国際ワークショップ「Trans-formation to Sustainability」でも講演しています。そうしたご縁で、地球研のことを知りました。

将来世代との交渉の場をつくるフューチャー・デザイン

遠山●まずは西條さんの研究の核心である「フューチャー・デザイン」という考え方について教えていただけますか。

西條●教え子によばれて、2012年3月にアメリカのマサチューセッツ大学で講演をしたことがあります。その後の会食で持続可能性の話になり、将来世代とは交渉できないことが問題になりました。そのときに、「将来世代の立場になって考える『仮想将来世代』をつくってはどうか」というアイディアを思いついたのです。
 すると、参加者の一人がアメリカの原住民イロコイ族について教えてくれました。彼らは7世代後のことを考えて、現在の意思決定をするのだそうです。まさに仮想将来世代を取り入れている実例があることに興奮しました。

遠山●7世代先は想像がつきませんが、ずっと先を考えるということですね。

西條●2013年に高知工科大学に移籍して、仮想将来世代の設定に効果があるのか、被験者を募って実験をしました。
 3人で1世代をつくり、その3人で話しあいをして、選択肢A(36ドル)かB(27ドル)を選んでもらいます。ただし、Aを選択すると、次の世代のAとBの額が9ドルずつ減るとします。Bだと次の世代のお金はいまの世代と同じとします。すると28%しかBを選びません。いっぽうで、3人のうちの1人に、将来世代を考えて残りの2人と交渉するように指示すると、将来世代に有利なBを選ぶのが60%となったのです。これには同僚の研究者たちもみな驚きました

遠山●一般的な経済学の考え方に反した結果になったのですね。それは議論というコミュニケーションの要素が意思決定に加わったからでしょうか。

西條●そうですね。数理モデルにコミュニケーションを組み込むことはとてもむずかしいのです。私はそれを経済学の限界だと感じていました。この仮想将来世代を魅力的に思ったのもそのためです。
 そうしてさまざまな分野の研究者と「自分の研究分野に仮想将来世代を導入したらどうなるか」を考えて書いたのが『フューチャー・デザイン』という本です。いわばこの本の著者たちの研究マニフェストですね。

未来から現代を俯瞰すると自由な発想が生まれる

西條●フューチャー・デザイン系の実験はバングラデシュやネパールでも実施しています。さらには、岩手県矢巾町などでじっさいに政策決定の現場でも取り入れてもらっています。

遠山●具体的にはどんな取り組みですか。

西條●内閣府が2015年に全国の市町村に、「2060年にむけて各市町村のプランをつくりなさい」という通達を出しました。これを念頭に矢巾町ではいくつかの市民グループの半分に「2060年の矢巾町の理想像をもとに、政策プランを考えてほしい」と伝えました。残りのグループには「2060年に暮らす人として、なにをすべきか考えてほしい」と。

遠山●後者が仮想将来世代ですね。

西條●それぞれの結果は驚くほど異なりました。前者は2060年を想像しても、待機児童など「いま困っている問題が将来にも起こるだろう」と想定して、それを解決するプランを考えたのです。

遠山●現在の問題を解消してゆけば、2060年にはよりよい生活が送れるようになっているだろうという発想ですね。

西條●いっぽう、後者の仮想将来世代は、「未来の矢巾町の交通体系はどうなのだろう」、「矢巾町の特徴とはなんだろう」、「後世に残せるものはなんだろう」ということから考え始める。たとえば南昌山という現在は荒れている山があるのですが、『銀河鉄道の夜』の出発駅のモデルだそうです。そういう観光資源があるのに、活用できていないことに気づく。やがて、観光に関する意見だけでなくて、「南昌山の川の水を手ですくって飲めるようにしたい」という提案まで出てくる。

遠山●仮想将来世代は未来から逆算するから、自由な発想にたどりつくのですね。

西條●現在矢巾町では、フューチャー・デザインの枠組みで、「やはば22未来研究センター」という部署をつくり、市民や役場の職員が仮想将来世代になってインフラの持続可能性を考え始めています。
 フューチャー・デザインのプロジェクトには、国レベルで「将来省」や「将来議院」の提案をしているメンバーもいます。矢巾町の取り組みをプロトタイプとして、さまざまな分野に導入できる普遍的なしくみをつくりたいと考えています。

遠山●地球研でも、そうした試みをつづけることになるのでしょうか。

西條●そうですね。私たちの考えるしくみが現場で機能するのかどうかを現場の皆さんといっしょに検討したい。普遍的な原理原則を発見して、国民一人ひとりが自分の気持ちを自発的に変えられる状況を生みだすしくみをつくりたいのです。

地球研自体が仮想将来世代になって、社会のしくみを考える

遠山●地球研内に仮想将来世代のしくみができるとおもしろいかもしれませんね。

西條●地球研そのものが、じつは仮想将来世代のようなものですからね。

遠山●西條さんがPDのプログラム3「豊かさの向上を実現する生活圏の構築」では、その方向に向かって、各プロジェクトが研究を進めることになるのでしょうか。

西條●そうあってほしい。

遠山●ミッション・ステートメントには、「生活圏の概念を再構築し、都市域や農山漁村域など多様な生活圏相互の連環を解明しつつ、それらの生活圏に住まう人びと、行政、企業、民間団体などさまざまなステークホルダーとともに、直面する諸問題の解決や生活圏の持続可能な未来像を描き、その実現の可能性を探る」とあります。しかし、そもそも「生活圏」とはなんでしょうか。

西條●平たくいうと私たちの「暮らし」です。私たちは社会や文化、資源、生態環境の相互連関の場として生活圏(Life world)を捉えています。私たちの暮らしを豊かにするにはどうすればよいかがプログラム3のテーマです。

遠山●その次に生活圏と生活圏の連結を考える。

西條●ある特定の地域だけではなく、ほかの地域の人びとの豊かさも視野に入っています。豊かさの持続可能性を考えると、農山漁村域とともに人口の多い都市域の人びとの豊かさとはなにかも考える必要があります。

遠山●都市に住む私たち自身がどうすればよいかという問いかけですね。

西條●各研究プロジェクトにおいては、持続可能な生活圏の未来像を大胆に描いてほしいのです。私たちの社会の2つの大きな柱は市場と民主制です。市場というしくみでは、お金をもっていない人びとや将来世代は参加できません。いっぽう、民主制でも将来世代は選挙には参加できませんし、候補者も現世代に都合のよい政策しか提案しません。これらの既存のシステムを与件とするのではなく、それ自体の変革を市民の皆さんとともに考え、あらたなしくみをつくってほしいのです。フューチャー・デザインもそのような試みのひとつです。

遠山●地球の持続可能性を考えるには、足元からの抜本的な変革が必要ですね。

西條●PDである私は、そのサポーターです。各研究プロジェクトのメンバーとは、どんどんコミュニケーションをとりたいと思います。

これからの研究者に必要なのは、省察と謙虚さ、そして大胆さ

西條●プログラム3では、「省察と謙虚さ」を学問の姿勢を基本にしたい。どちらもFEのことばですが、省察(Reflexivity)は社会学系の概念です。
 現在の科学研究は分野ごとに細分化され、それぞれの作法に則って成果が生まれています。ただ、その背後に他分野の研究者や国民には伝わらない暗黙のプロセスや枠組みがある。この暗黙の部分を反省しあうのが省察です。

遠山●他分野の研究者と共同研究を進めるには、結果に至るプロセスがわからないと連携できないということでしょうか。

西條●そうでないと、科学そのものが発展しないのではないでしょうか。
 もう一つが、謙虚であること(Humility)。「研究者による啓蒙」という上から目線はやめるということです。

遠山●研究者も日常生活を営む一般の人だという意識を忘れてはいけないですね。

西條●産業革命以降、科学者は私たちの生活が便利になるたくさんの発明・発見をしました。その一方で、地球そのものの存続が危うくなっている。それは科学者たちにも責任がある。そのことを自覚し、市民の皆さんとともに新たな科学や社会をつくるのです。

遠山●学術研究全体にいえることですね。

西條●超学際(transdisciplinarity)の「超」の部分にあたります。

遠山●一般の人を巻きこんでゆくには、専門用語ではなく、日常のことばで科学を語る必要がありますね。

西條●「省察と謙虚」もまだ堅い。(笑)

遠山●科学研究の結果は地球環境問題にもつながっているので、科学研究自身が変わらなければならない時代ですね。

 最後に、いまの地球研のメンバーやこれから地球研で研究したい人にむけてメッセージをお願いします。

西條●柔軟に考え、新しいアイディアをどんどん持ちこんでほしい。年配の研究者の主張を蹴散らすような爆弾になってください。(笑)

遠山●これまでの地球研の流れももちろんだいじですが、それを根本から捉え直すような元気な若者に来てほしいですね。

西條●研究者にも多様性があるほうがおもしろい、これはまちがいない。

(2016年12月9日 地球研にて)

プログラム1、2のPDインタビューは『地球研ニュース』60号を参照。

Kamijo et al. “Negotiating with the Future,” forthcoming in Sustainability Science.

さいじょう・たつよし

地球研そのものが仮想将来世代でしょう

とおやま・まり

未来から逆算するから、自由な発想にたどりつくのですね。

さいじょう・たつよし

専門は制度設計工学、公共経済学など。現在は高知工科大学フューチャー・デザイン研究センター教授。2017年4月から地球研プログラムディレクターに就任予定。

とおやま・まり

専門は科学コミュニケーション。学生時代に生命科学研究に携わり、科学館スタッフ、大学の研究所広報を経て2016年10月地球研広報室に着任。