百聞一見──フィールドからの体験レポート

世界各国のさまざまな地域で調査活動に励む地球研メ ンバーたち。現地の風や土の匂いをかぎ、人びとの声に 耳をかたむける彼らから届くレポートには、フィールドワークならではの新鮮な驚きと発見が満ちています

フィールドのことばに学ぶ

淺野悟史 (プロジェクト研究員)

 ものごころついたときから生きものが好きだった私は、昆虫・魚・カエル・トカゲと戯れて育った。成長するにつれ周囲の環境は変化しそこに棲む生きものも変化してしまった。そのことが農学部4年次に研究室選択を迫られた私を、生物学ではなく土地利用研究の道に進ませたのかもしれない。生きものの棲む環境を守るには人間相手の研究が必要だからと進路を選択した私が修士1年次にラオスに降り立ったとき、研究テーマは焼畑を中心とした在来の土地利用だった。

「タマサート」な暮らし

 ラオスで調査を進めるうちに「タマサート」というラオス語の形容詞に出会った。最初にふれたコンテクストでの意味は「遅れた」というものだった。「私たちの農業は遅れている」、焼畑を語る村人から出たことばだったが、その文意に反してどこか村人の顔が誇らしげなのが印象に残った。手元の英・ラオ辞書での訳語はtraditionalだったが、どうもそれはタマサートの概念の一部にすぎないらしい。その後も村人との会話のなかで「タマサート」は頻出し、その多義性に注目して惹かれてゆく。私のイネの品種はタマサート(在来)だ、私の田んぼは水牛の糞だけをつかうからタマサート(無農薬)だ、どうだタマサート(野生)を味わえ……村の森や田んぼで採れた植物や動物が並ぶ食卓もタマサートということばで表現された。そのなかには昆虫食もよくみられた。マルバネクワガタ、タガメ、コオロギ、ゲンゴロウ、糞虫、スズメガ、バッタ、カブトムシ(おいしかった順)。春には山菜を摘み秋には栗や椎の実を拾い、風邪薬の代わりにアマガエルを飲んで幼少期をすごした私には、馴染みやすい暮らしであった。いつしか彼らの暮らしを象徴する生きものがいることに気づき、バロメーターとして生業の異なる村ごとの比較を行なったりした。その一つがセアカナンバンダイコクコガネという糞虫 ふんちゅう である。水牛の糞に依存するこの昆虫は、食材として高い値がつきとくに耕耘機が導入された村では希少価値が高い。トラクターを買うさい、不要になる役畜を売って資金繰りをするからだ。ラオスをふくめてインドシナを広く調査した結果、「タマサートな農業」を営む村ほどセアカナンバン食の頻度が高いことがわかった(淺野、2015)。

「値打ち」を生みだす

 現在、私は栄養循環プロジェクトにおいて、住民がみずからの環境保全活動の効果を測り、実感し、保全活動を促進させるような、地域の文化や歴史に根ざした指標を住民とともに考え、選び、いっぽうで科学的な裏づけを行なっている。この指標は一部ではラオスのセアカナンバンと共通する部分もある。モチの生産で有名な滋賀県の農村地域に入って住民との対話を重ねるうちに、重粘土質の土壌による特産のモチと冬場の乾田化がむずかしい水田が生み出す生物のハビタットがなす表裏一体の関係を見いだした。そこで2016年2月から3月にかけて、ニホンアカガエルの卵隗を調査し、冬の水田管理が効果をもつことを裏づけ指標となる可能性を示した(Asano et al., 2016)。
 この地区の高齢者がつかうことばに「値打ち」というものがある。雪のちらつくなかでのアカガエルの卵隗カウントを終えて、温かいお茶にありついたとき、「きょうは値打ちやわ」と漏らされた。がんばったかいがあった、という意味だという。ただつらいだけでは発しないことばらしい。寒さはつらいけれどカエルの卵は大きな発見ということか。保全型農業への転換が楽ではないことはいっしょに作業をすればよくわかる。苦労の末に生きもののにぎわいを取り戻すことを「値打ち」と感じて骨を折ってもらうのだ。きわどいバランスのうえに保全活動の継続が、ひいては生物のハビタットの安定化がもたらされていることにあらためて気づかされる。「コウノトリ育む農法」の取り組みでは作業量が増えたと答える農家が約3分の1にのぼるという(菊地、2012)。住民とともに計画をたてその結果をともに確認しあう研究によって、保全にともなう苦労を「値打ち」に変えてゆくことができれば、地域の環境や暮らしの豊かさは少しずつよくなっていくのではないかと思い、フィールドに赴く。フィールドのことばを学びに。

■参考文献

淺野悟史『ラオスの森はなぜ豊かにならないのか──地域情報の抽出と分析』(農林統計出版、2015年)

菊地直樹「兵庫県豊岡市における『コウノトリ育む農法』に取り組む農業者に対する聞き取り調査報告」学術雑誌「野生復帰」第2巻、2012年、pp103-119.

Asano. S. et al. (2016) "Can the Spawn of Japanese Brown Frogs (Rana japonica, Ranidae) Be a Local Environmental Index to Evaluate Environmentally Friendly Rice Paddies?", Proceeding of the 37th Asian Conference on Remote Sensing, in Colombo, Sri Lanka, Ab0263, pp1-9.

ニホンアカガエルの成体

ニホンアカガエルの成体

ニホンアカガエルの卵隗をマーキングする農家の方

ニホンアカガエルの卵隗をマーキングする農家の方

あさの・さとし

研究プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会──生態システムの健全性」プロジェクト研究員。専門は地域計画学。「人間がつかうことで維持されてきた環境の変化と再生」というテーマで、ラオスやベトナム、滋賀県、対馬などでフィールドワークを重ねてきた。