連載企画 第0回
「先端技術と向き合う」を実施します
イントロダクション──技術と文化の相互連関から考える地球研の役割
熊澤輝一(地球研研究基盤国際センター准教授)
インターネットが一般に普及した20年前、テクノロジーが私たちの生活にここまで浸透している未来を想像できていただろうか。61号ではドローンを取り上げ、テクノロジーが日常生活に与える影響を紹介した。この企画ではその視点をさらに拡げ、さまざまなテクノロジーと生きる未来社会を構想する。未来予測はむずかしいが、未来社会を想像することで、現在の地球環境問題の解決にむけて、光が差しこむはずだ
人間と自然系の相互作用環は、どこにむかうのか。自然物を人間社会に組み込み、逆に人間が自然系に働きかける手段はいくつかあるが、テクノロジーもその一つである。この相互作用があるだけに、テクノロジーは、文化や人びとの感性や価値観に影響をおよぼす存在でもある。地球研では設立以来、「未来可能性」を掲げて研究や活動をつづけてきたが、可能な未来を考えるにあたり、テクノロジーについての深い議論がなされてきたとはいいがたい。
テクノロジーの進化は生物の進化と同じように起こる。それだけに、未来について考えようとするならば、そのときにありうるテクノロジーについて素描することを避けては通れないのではないか。雑誌『WIRED』の創刊編集長ケヴィン・ケリーは、「物理の基本法則と自己組織化による創発が、テクノロジーの進化をある形に導く」*として、テクノロジーの進化は必然的にある方向を向くと主張する。その「方向」とは、具体的にどのようなものなのだろうか。
この問いに答えるべく本企画では、技術開発を行なっている研究者に教えを請いつつ、その技術がじっさいに社会でつかわれている未来予想図について語り合う。開発した技術が普及したとき、社会はどのような変化を遂げるのか。そこで興る文化や新たに生じる問題、新たに生まれる技術の種についていっしょに考える。取り上げるのは、まだ研究段階にあって社会に実装されていないテクノロジーおよび実践段階にはあるが普及にむけて解決すべき課題のあるテクノロジーである。
では、これらの先端技術を扱う研究者たちとどのようなことを考えてゆくのか。以下に例をいくつか示す。
- ● より多くの食材を植物工場でつくれるようになったとき、工場はどのような地域に設置され、都市と農村との関係をどう変えてゆくのか。
- ● 自動車の自動運転技術が普及したとき、高齢者の暮らしや流通、エネルギー消費はどのように変わるのか。
- ● レアメタルのリサイクル技術が普及した結果、燃料電池や携帯電話などのレアメタルをつかう産業や資源採掘に従事してきた人びとの暮らしはどのように変わるのか。
- ● 人工知能(AI)が法律の知識を処理できるようになったとき、一般の人びとはそのシステムをどのように活用するようになるのか。
- ● 仮想現実(VR)が普及すると観光や教育はどのように変わるのか。
- ● バイオミメティックス(生物模倣技術)にもとづいた技術開発戦略が普及したとき、デザイン一般や芸術に対する認識や、生物多様性に対する認識にまで影響がおよぶのか。
これだけ見てもわかるように問うべきことは尽きない。対して、取り上げられる技術はごくわずかである。それだけに、対象技術の選定根拠をていねいに考察し、明確にする必要がある。少なくとも、取り上げる技術を起点に、未来社会についての価値命題(どうあるべきか)を問えることが条件となる。
じっさいには、研究者との対話と終了後の考察を経たあと、まず個々の先端技術が指し示す未来の方向を明らかにする。そのうえで、これらを包括する作業を試みる。最終的には、テクノロジーと向き合うなかで見えてくる地球研が担うべき役割を明らかにすることが目標となる。
連載は10回を予定しており、最終回となる10回めに、科学技術社会論の専門家を交えた座談会を設けて総括をする。対話のなかで想像力をめぐらせながら、その社会に至る「方向」を映しだすことができれば、この企画の目的は達成される。
取り上げるべき先端技術や研究者についてアイディアをおもちの方は、編集委員までぜひご連絡願いたい。
* ケヴィン・ケリー、服部 桂訳『テク二ウム──テクノロジーはどこへ向かうのか?』(みすず書房、2014年)
予定しているテーマ(第1回~第9回)
- ● ゲノム編集と環境・社会
- ● 人工光合成のある世界
- ● CO2回収・代替フロン対策などの温暖化対策技術が確立した未来
- ● 植物工場がつくる新たな都市と農村
- ● 水環境システム(水処理、生態系保全、バイオマス燃料生産)で
- つなげる未来の地域
- ● バイオマスシステムが支える未来の地域
- ● ビックデータが社会的行動の前提となる未来
- ● 人工知能(AI)と協働する未来
- ● 仮想現実(VR)と共存する未来