百聞一見──フィールドからの体験レポート
世界各国のさまざまな地域で調査活動に励む地球研メ ンバーたち。現地の風や土の匂いをかぎ、人びとの声に 耳をかたむける彼らから届くレポートには、フィールドワークならではの新鮮な驚きと発見が満ちています
アフリカの森とスラムでトイレ文化を考える
林 耕次 プロジェクト研究員
アフリカの熱帯雨林で人類学的な調査を長くつづけているが、人びとの〈排泄行為〉をとくに対象とすることはなかった。いくら気心の知れた人びととはいえ、その領域に踏みこむのは私個人が抱いているモラルや慣習、あるいは他人の排泄に対する忌避感があってか、無意識的に避けてきたのかもしれない。
しかし、サニテーションプロジェクトにかかわり始めてから初となるカメルーンとザンビアにおけるフィールド調査は、まさに「トイレ」がターゲットである。付きあいの長いカメルーンのバカ・ピグミー(定住した狩猟採集民)やコナベンベ(焼畑農耕民)、あるいは都市に暮らす友人らに話をきくほどに、いわゆる「トイレ文化」や「排泄(行為)」に対する彼らなりの規範や観念について考えることになった。
狩猟採集民は定住後もトイレいらず
本来は狩猟採集民であるバカ・ピグミーの生活は、1950年代からの定住化政策のために変化した。近年は幹線道路沿いに集落を構え、周辺の焼畑農耕民同様、自給用作物やカカオなどの換金作物を栽培して生計をたてている。しかし、1年の大半は定住集落に居を構えるが、森での狩猟採集活動を中心とした暮らしもつづけている。日帰りではもちろんのこと、季節に応じて数週間から数か月にわたって森に赴くこともある。
森での暮らし、すなわち頻繁な移動をともなうキャンプ生活で特定のトイレをつくることはない。排泄のさいには大小かかわらず、さりげなく森の奥に消える。これは移動中でも同じであり、そもそもバカ・ピグミーのことばでは、「トイレ」に該当するものが存在しないのである。
森のトイレと集落のトイレ
では、じっさいには森でどのように用を足すのだろうか。その現場に同行することは今回叶わなかったが、いくつかの条件をともなっていると想像できる。1)他人から適度に距離をとること。2)危険な場所でないこと。3)〈大〉の用を足すさいに、トイレットペーパー代わりの葉が近くにあること。
これらはバカ・ピグミーの周辺に暮らす焼畑農耕民のコナベンベにもおおむね共通しているようである。ただし、他人に排泄の現場や排泄物を見られることについては強い抵抗があるとも語っていた。コナベンベの人びとが暮らす集落では、母屋の裏手に穴掘り式のトイレをつくっており、ふだんはそこで用を足すという。トイレットペーパーの代わりに、つかわない古紙を代用することもあるそうだ。
対して、バカ・ピグミーの定住集落ではトイレをともなった家をみたことがない。森でのときと同様に、家の裏手の畑や森につづく小道の脇で用を足すようである。バカ・ピグミーのある男性は、「家の近くにトイレがあるのはよいことではない」と言っていた。特定の場所で大勢の人が用を足すということは、必然的にし尿が溜まってゆくしくみのトイレができることをさす。バカ・ピグミーの人びとにとっては、文化的に、あるいは生理的に、トイレに対する違和感があるようだ。
アフリカ都市スラムのトイレ事情
カメルーンの森でトイレ文化にふれたのち、首都ヤウンデのスラムを訪れた。スラム地区の存在はとうぜん知っていたが、安全や衛生の面に配慮してこれまでは訪れることがなかった。現地の友人に連れられて、初めて足を踏みいれたスラム地区の奥でまず目に飛びこんできた光景は、市内では見かけることのないほどの雑然としたゴミの山と、不潔きわまりない下水路であった。かろうじて家の片隅や離れにトイレはあるものの、処理をせずに垂れ流しであることも多いそうだ。
こうした劣悪な環境は、とうぜん、日常の暮らしにも影響を及ぼす。清潔で安全な生活用水の確保はむずかしく、衛生面の問題はもとより、雨季にはコレラなど疫病の発生源ともなりうるという。このようなスラムでのトイレ事情、サニテーションにかかわる状況は、アフリカ南部のザンビア、首都ルサカでも似たような状況であった。
極論とはいえ、「トイレ」をもたない森に生きる人びとと、垂れ流しのトイレ文化に生きる人びとははたしてどちらが幸せといえるのだろうか。プロジェクトでの研究活動をつうじて、ひとにとってのサニテーション、トイレ文化や排泄行為に対する慣習・規範等に関心をもちながら、そこから見えてくる人間と環境の関係性について考えてゆきたい。

左・ 森での〈用足し〉について語ってくれた、バカ・ピグミーの友人、エシコ氏。手に持った葉は、トイレットペーパー代わり。ただし、葉ならなんでもよいということではないらしい

右・ カメルーン東部に住むコナベンベのトイレ。穴を掘って、板を渡した簡易なつくりである

上・カメルーンの首都ヤウンデのスラムにて。汚水は垂れ流しの状態である

下・ザンビアの首都ルサカ。スラム地区では野外排泄の痕跡も多数みられた
はやし・こうじ
研究プロジェクト「サニテーション価値連鎖の提案──地域のヒトによりそうサニテーションのデザイン」プロジェクト研究員。専門は生態人類学。これまでカメルーン東部の森林地帯で狩猟採集民の生業活動、野生動物とのかかわりを研究対象としてきた。