百聞一見──フィールドからの体験レポート

世界各国のさまざまな地域で調査活動に励む地球研メ ンバーたち。現地の風や土の匂いをかぎ、人びとの声に 耳をかたむける彼らから届くレポートには、フィールドワークならではの新鮮な驚きと発見が満ちています

「篤農家」を訪ねて

石山 俊 プロジェクト研究員

篤農家とくのうか 」研究を始めた。「農業を熱心にする人」というのが「篤農家」の辞書的な解釈だ。しかし、私と共同研究者が想定する「篤農家」には、これには収まりきらない個性をもつ人びともふくまれている。「農」にかぎらず「牧」でも「漁」でもよい。突飛な例では「篤エネルギー家」という語をつかったこともある。そして「篤農家」は優等生であるとはかぎらない。強烈な個性をもち、型破りで変わり者の「篤農家」が案外と多い。これが「篤農家」に括弧をつける所以である。
 なぜ「篤農家」に目を向けるのか。2つの理由がある。一つは、私たちが、アフリカ、アジア、日本で多くの「篤農家」と出会ってきたこと、2つめは、「篤農家」が地域の変化の基点であり、未来の社会を創りあげてゆくためのたいせつな人材と考えるからだ。

サヴァンナの「篤農家」

 2011年、縄田浩志さん(秋田大学、当時地球研プロジェクトリーダー)と私は、スーダン共和国ガダーリフ州のサヴァンナ地帯にあるアラームという村落で1人の「篤農家」に出会った。
 アダム・アダムさんは12haの耕地で、モロコシ、トウジンビエ、ゴマなどの天水栽培をしている。土地の一部をあえて林のまま残し炭焼きも行なう。十数頭のウシも飼う。狩猟もする。氏の自慢は多数あるが、耕地条件や降雨状況を把握したうえでのモロコシの最適品種の選択、独自の輪作休閑体系、みずからが選抜したゴマ品種が私の記憶に強く残った(写真1)。
 じつは、アダム・アダムさんの出生地はアラームではない。スーダン西部のダルフール地方の生まれで、いくつかの場所を転々としたあとにアラームに落ち着いたという。その間、リビアやシリアでの出稼ぎも体験したそうだ。

天上集落の「篤農家」

 高知県大豊町の山中に44世帯、77人が住む怒田ぬた という天上集落がある。吉野川の支流のまた支流、南大王川の右岸の傾斜地の上部にへばりついているのが怒田である。
地球研の寺田匡宏さん、三村 豊さんと氏原学さんという「篤農家」を訪ねた。彼はおなじく地球研の佐野雅規さんのお義父上である。氏原さんは棚田での稲作、野菜、ユズ栽培など77aの土地を耕す。そのかたわら、高知大学の学生実習の面倒もみる。最近の自信作は、手づくりの大テラスだ。ここから見える、南大王川の深い谷と対岸の天上集落である八畝 ようねの展望は壮観だ(写真2)。
 氏原さんの話で印象に残ることが2つあった。一つは患った病気が癒えたときに結婚する決意をしたこと。2つめは、大学職員を早期退職し、故郷である怒田に帰ってきたことである。「定年まで勤めるのが唯一の選択肢ではない。死ぬまでに必要な金額を計算し58歳のときに故郷に帰った」のだそうだ。軽快に生きているように見えた氏原さんだが、いくつもの岐路を経験したからこそ、いまの生活スタイルと考え方に結果したのである。

 「篤農家」から学んだこと

「篤農家」に教えを乞う現場では、机上では想像できないような発見がある。畔の草刈りをしながら気づいたことだが、草刈りに必要なことは集中力を保って黙々とこなすことだ。この孤独な集中があるからこそ、畔に腰かけ休むときの会話が格別楽しいものとなるのだ。
 概して「篤農家」の話は快活でおもしろい。それには豊かな経験と感受性に裏打ちされた充実感や探求心の強さが関係していると思っている。「人というものは、こんなにも楽しそうにしゃべれるものなのだなあ」と、恐れ入るくらいの心地よい表現力をもつ「篤農家」もいる。ときにはお説教をいただくことや無口な「篤農家」になすすべを失うこともあるが、それも貴重な機会だと受けとめ、その人の日々の仕事と暮らしを想像してみることにしている。
「篤農家」行脚あんぎゃ を重ねて考え至ったこと。それは、現在依っているなりわいにたどりつく過程で、多くの経験を重ねた末に、「篤農家」という表現型が形成されていることである。ここで紹介したお2人がまさにそれを象徴する。農業一筋の「篤農家」も多いが、その人生にも大きな転換点がある。
「篤農家」はどこにでもいる。だから、「篤農家」を探すのではなく、その人の内にある「篤」を見つけることがおもしろいのではないか。こんなことを考えながら、世界津々浦々の「篤農家」を訪ね歩くことがこれからの目標である。そして、「研究なんてわけのわからんことをやめてここに住め!」と言ってくれる「篤農家」が、これまた世界津々浦々に増えてゆくことが私の命綱である。

石山 俊ほか(2016)「地域に根ざす『篤エネルギー家』から地球環境を学ぶ」田中 樹ほか編『人びとと出会いを考える──総合地球環境学研究所TD座談会記録』総合地球環境学研究所、pp187-204.

みずから選抜したゴマ品種を説明するアダム・アダムさん

(写真1)みずから選抜したゴマ品種を説明するアダム・アダムさん

大テラスから棚田を望む寺田さん

(写真2)氏原さんの自信作、大テラスから棚田を望む寺田さん

いしやま・しゅん

専門は文化人類学。研究プロジェクト「砂漠化をめぐる風と人と土」プロジェクト研究員。2008年から地球研に在籍。