表紙は語る

スマトラの泥炭湿地林

阿部健一(地球研教授)

スマトラの泥炭湿地林

 スマトラの泥炭湿地林。瘴癘しょうれいの地で、とても人が住むようなところではない。
 その湿地林に資金も技術ももたない貧しい人びとが移住してきた。よりよき生活を求めて、家族で力をあわせて森を切り開き、商品作物のココヤシを植えていった。
 ぼくもそのころ、一人でこの地にやってきた。移住者の家に寄宿し、食事をともにし、生活のためにインドネシア語を学んだ。
 それから30年。いまでも同じ集落に通いつづけている。最初は毎年、それがしだいに間遠くなり、今回は7年ぶりの訪問になった。いつも世話になる家で荷物をほどき、懐かしい人の消息をひととおりたずねたあと散歩に出かける。家々は広いココヤシ園の中に散在している。
 バイクの音に驚いてふりかえると、もっと驚いた顔が3つ。遠くの学校にバイクで通学しているようだ。道路も、学校も、診療所も、電気も、通信手段もなかった集落が少しずつ豊かになっている。学校に行ける子どもも格段に増えた。
 入植した当初、人びとは「儲けるだけ儲けて、さっさと泥炭湿地林を出てゆき故郷に錦を飾りたい」と語っていた。すべての湿地林をココヤシ園に変えたあとでも、それを実現した人はほとんどいない。でも久しぶりに会って話をする彼らに不満なようすはなく、むしろ幸せそうである。実現できなかった夢の代わりに得たものはなんなのか。少し時間をかけて考えてみたいと思った。

撮影:2015年8月

撮影場所:インドネシア リアウ州

●表紙の写真は、「2015年 地球研写真コンテスト」の応募写真です。