本研究

プロジェクト区分FR
プロジェクト番号N320061900
プロジェクト名共創を育む手法と技法:環境問題の解決に向けたTD研究のための実践的フレームワーク
プロジェクト名(略称)知の共創プロジェクト
プロジェクトリーダー大西 有子
プログラム/研究軸コアプログラム
キーワードCo-design、TD研究 

 

○研究目的と内容

 科学の知見だけでは解決できない地球環境問題に対して、社会のアクターとともに解決策を探りつつ研究 をすすめる、トランスディシプリナリー(TD)手法が有効だと言われている。しかし、概念的なTD手法の 知見は実践で用いることが非常に難しく、安易な実践では社会、学術への成果が得られないことが指摘さ れている。そこで、本プロジェクトでは、環境問題の種類に応じた実践の在り方を、事例の分析とリフレ クションにより明らかにするとともに、実践の場で役立つ技法を創発的ワークショップにて明らかにし、 共創のパターン・ランゲージを特定、TD研究の実践的フレームワークとして提案する。さらに、問題別の 実践事例とパターン・ランゲージを研修の場で用いる手法を開発し、地球研および大学院における研修・ 講義を実施する一方、フィードバックを得ることで、フレームワークを随時評価し、改良する。

 

1. 本プロジェクトでは、地球環境問題に対するトランスディシプリナリー(TD)研究において、科学者 と社会のアクターが協働する際に、知の共創を育むための実践的フレームワークの構築を目指す。社会の アクターとの協働の結果、共創が起こり、成果が社会で活用されるためには、戦略的に共創を育む研究の デザインを考えた上、共創の現場で巧みに実施する技法が必要である。本プロジェクトでは、共創を育む 研究デザインと技法を合わせた実践的フレームワークをTD研究の初心者への研修に用い、講師や参加者か らのフィードバックを得、フレームワークを評価、改良、更新しつつ、さまざまな研究課題への応用の可 能性を探求し、地球環境問題に横断的に対応できる方法論として提案する。

2. 地球環境問題は、科学が明確な解決策を提示することができないwicked problem (Rittel and Webber, 1973)であり、従来の科学の方式ではなく、問題に関わるステークホルダーと科学者が協働して新 たな知識を創りだす、トランスディシプリナリー手法が有用であると言われている(Pohl, 2008; Wickson et al., 2006; Wiek, 2007)。TD手法は1970年代よりドイツ、フランス等ヨーロッパの研究者を中心とし て発展してきた。2000年代以降、科学の進展にも関わらず環境問題の深刻化が進んだ現状を背景に、国際 的な協力や業種を超えた協働が重視される機運の中、TD手法への注目が高まるようになり(e.g. Brandt et al., 2013)、2010年代にはアジアやアフリカ等を含めた幅広い地域や環境問題を対象にTD手法による 研究が急速に増加している (e.g. Siew et al., 2016; Fazey et al., 2018; Pereira, et al., 2019)。 国際的には、Future EarthやOECD Global Science Forum等でTD研究が推進されている他、ベルモントフォ ーラムやHorizon2020といったヨーロッパの研究助成機関において、社会との共創によるプロジェクトの公 募を行っている。日本においても、第5期科学技術基本計画において「共創的科学技術イノベーション」と いう名のもと、科学とステークホルダーとの対話、連携が推進され、JST RIXTEXにおいて共創型研究を対 象とした研究助成が行われている。

TD手法では、科学と社会が研究プロセスを通じて知識の共創(co-design(phase A), co-production(phase B))を行うことで、それぞれが成果(アウトプット、アウトカム)を享受し、環境問題の解決に向けた社 会の変革につながる(インパクト)ことが期待されている (Lang et al., 2012)。しかし現実のTD研究の 実践の在り方を見てみると、co-designの欠如、不連続な連携、不均衡なパワー関係、コンフリクトの誘発 等が報告されており、理論と現実(又は理想と実践)の大きな乖離、定義の欠落、実践的フレームワーク の欠如等の課題が指摘されている(e.g. Zecheischler, et al. 2017; Thompson, et al., 2017)。

TD研究の成果に関して、サステイナビリティに関する81の研究プロジェクトを対象とした研究によると、 早い段階でのステークホルダーの関与や実務者の知識の有無と、社会における成果の間に相関はなく、学 術的な成果との間には負の相関があった、と分析している(Newig et al., 2019)。一方で、社会におけ る成果を念頭に戦略的に知識融合を行う手法を実施したプロジェクトでは、単分野や応用科学(ステーク ホルダーは研究対象)のプロジェクトに比べて社会における成果が大きく、学術的成果を上げることを強 く意識していた学際、超学際プロジェクトでは学術的な論文が多かった、との結果であった。従って、「ステークホルダーの関与」はTD手法の特徴として考えられがちだが、「関与」というプロセスの有無よ りも、成果を残すための戦略的な研究デザインを構築することが重要である。

では、TD手法の既存の概念や原則が、現実に実施できない原因は何だろうか?複数の概念文献を読む中 で、ある一つの共通点があることを見いだした。それは、それらの文献が「さまざまな地域のプロジェク ト」「さまざまな環境・社会問題」の事例を分析し、「サステイナビリティ」「地球環境問題」に関する TD研究として、一つの概念図を提示していることである。しかし、事例の数を見ればヨーロッパのもの、 ローカルスケールの問題が圧倒的に多い。また、多様化を極める環境問題のありとあらゆる事例が含まれ ているわけでもない。例えば、問題への対処がローカルで起こる気候変動の適応や自然資本の管理といっ た問題と、国際的な対応を必要とする気候変動の緩和等では、関わるステークホルダー、ステークホルダ ーと問題との関与の度合い、影響と認識、行動の選択肢等が大きく異なる。更に、ステークホルダーが簡 単に認識できない、遠い将来に起こりうること、広域スケールの影響、目に見えない物質の循環、移動、 変化等を明らかにすることの必要性により、共創の現場における科学者の役割や連携の在り方は変わって くる。つまり、性質の異なる問題を抽象化した既存の概念図は、個々の研究プロジェクトに当てはめるに は不十分であり、環境問題に応じた研究デザインを本プロジェクトでは提案する。

一方で、研究デザインの構築とともに必要となるのは、それを実際にどのように運用するのか、現場での 立ち振る舞い、心得等である。既に複数の文献でTDの課題(challenges)の一つとして指摘されている が、具体的な解決策は示されていない。そのような実践知(現場で適切な判断をくだすことができる認識 と能力-実践することにより得られる知識)をどのように記述、共有できるのか、議論と調査を重ねた結 果、実践知を言語化するための手法として考案された、クリストファー・アレグザンダーのパターン・ラ ンゲージ(Alexander, 1977)に着目した。パターン・ランゲージはもともと建築デザインにおいて、「心 地いい街」「居心地の良い場所」の要素を集めて分析し、平易な言葉で表すことで、一般の人や初心者が 建築デザインに参画し、これらを組み合わせることで生き生きとした都市や建物が生み出すことができる ための知識を体系化したものである。その後ソフトウェア開発や教育の手法、コミュニケーションやコラ ボレーションの方法等、ビジネスや生活の知恵を含め、経験者から初心者へのコツやアドバイスを体系化 して伝える方法として活用されている。TD手法の実践経験のある研究者を対象として、パターン・ランゲ ージを作成することで、異なる専門分野の研究者からTD手法の経験則を抽出できると考えた。

また、共創の現場では、研究者だけでなく社会のステークホルダーにも、成果につながる戦略的なプロジ ェクトデザインを一緒に考えてもらう必要がある。TD研究に限らず、社会的課題の解決のために業種や専 門を超えたコラボレーションが重要であることは、「協働」や「コレクティブインパクト」など、さまざ まな言葉で社会に広まっており、同様の手法やツールが用いられている。例えば、TD手法のツールの一つ である「変化の理論」(Weiss, 1995)はGCF(Global Climate Fund)を含め複数の助成機関で採用されてい る他、「シナリオ計画」(Reibnitz, 1988)は多くの行政機関で実施されている等、社会の中に沢山の実践 の蓄積がある。従って、ステークホルダーの中にも「共創」の経験則は豊富に存在すると考えられる。

各方面で推進されている「理論上のTD手法」を現実に実施することは非常に難しいことが明かになりつつ ある中(e.g. Mitchell and Moore, 2018)、本プロジェクトでは、対象とする問題ごとの共創の在り方と現 場で使える技法を共有する方法を、「実践的フレームワーク」として提案する。本フレームワークは、幅 広い研究者に活用されうるものであることを目指している。そのため、実践の場として、共創手法のキャ パシティビルディングを行う。地球研は、2019年度からTD手法をアジアの研究者に教えるTERRA School (Transdisciplinarity for Early Career Researchers in Asia) を実施することとなった。しかし、地球 研にはTD研究の経験者は多数在籍するが、TD手法に関する研修教材やプログラムは存在しない。そのた め、本プロジェクトで提案する共創の手法や技法を、能力開発のツールとして提供する一方で、実施者お よび参加者のフィードバックを得、フレームワークのレビューと改善を行う。

3. 本プロジェクトの最終目的として、環境問題の解決に向けた研究を行う際に、共創を育み、社会への 成果を高めるために役立つ実践的なフレームワークを明らかにする。そのために、以下の3つの目的を設 定する。

1)環境問題の種類に応じた研究デザインの解明

異なる環境問題に関する研究おいて、社会のステークホルダーとどのような共創を行えば、効果的に社会 への成果を高めることができるのか、を明らかにする。環境問題に関する研究のうち、TD手法や参加型手 法等を用いた社会のアクターとの共創を含む事例を収集し、共創の実践の在り方とその背景を整理したデ ータベースを用いて、環境問題の種類ごとに、共創の手法、アプローチ、成果等を明らかにする。また、 データベースのような断片的な情報分析では、情報と情報の間の因果関係や関係性が抜け落ちてしまうこ とから、定性的な調査により、手法の選択に関する理由等を明らかにする。具体的には、研究プロジェク トのリフレクション(Pohl et al, 2017; Lux et al., 2019)を発展させ、TD研究に参加した研究者とス テークホルダーとともに、プロジェクトを振り返り、手法を用いた理由や効果、問題点等を明らかにする 他、成果の活用方法を共創する。

2)共創を育む「ことば」の抽出

どのように対話を促し新たな知識を創発するのか、共創の現場からの知見を記述、共有、体系化するため に、共創のパターン・ランゲージを作成する。地球環境問題に関するTD研究を実践した経験のある研究者 の知見から「TDパターン」、自治体、NGOs、および企業における異なる業種・専門家との協働経験から 「共創パターン」を作成し、実践知に基づいた共創を育むためのコツ、心得、困難な状況への対処の方法 等を体系化する。

 

3)フレームワークの適用とレビュー(共創を実践する研究者の育成とフィードバック)

1)および2)の成果をTD研修・教育の場で用いる。参加者からフィードバックを得ることで、幅広い研究分野における汎用性を検証し、1),2)の成果を改善する。

 

 地球研の実践プロジェクトおよび外部資金等でTD研究に携わる研究者、ストックホルム環境研究所、 チュラロンコン大学(タイ)においてTD研究を実践している研究者、およびプロジェクトに参加している ステークホルダーを対象として、WG1、WG2の創発型ワークショップを実施する。

 コアプログラムのミッションは、実践プロジェクトと緊密に連携し、社会との協働による地球環境問題の解決のための横断的な理論・方法論の構築である。本プロジェクトでは、現在および過去の多数の実 践プロジェクトにおいて、TD手法の実践がある研究者およびステークホルダーと連携しつつ、TD研究の実 践的フレームワークを提示することで、コアプロジェクトのミッション達成に貢献する。

○本年度の課題と成果

本プロジェクトは目的を達成するために、3つのワーキンググループによって実施される。 

 

WG1: Research design (problem-specific approach and reflection)

 WG1では、地球環境問題を対象とした共創型研究の事例を幅広く収集し、対象とする環境問題やステークホ ルダーの種類等のカテゴリー別に情報を整理し、事例のデータベースへの入力を継続する。(事例の対象 は、コアプロジェクトで定義するTD手法に合うものとし、出版された論文や報告書等データベースから収 集する。)ステークホルダーとの共創に用いられた手法と、対象とする問題やステークホルダーの種類等 の関係を分析する。更に、共創型研究を実施している研究者と、研究プロジェクトに参加したステークホ ルダーに対しリフレクションワークショップを開催する。(ワークショップ開催予定:亀岡、琵琶湖、ス ラウェシ、調整中:タイ、ミャンマー、インドネシア)

WG2: Tips and tactics (Pattern language for fostering co-creation)

 WG2では、WG1で明らかとなる手法について、実際にフィールドに行く研究者がどのように実施するのか、 立ち居振る舞いや作法、心構え等も含め、経験者からのアドバイスを系統的にまとめ、初心者へと伝える 方法として、パターン・ランゲージを作成する。パターン・ランゲージでは、どのような状況で、どのよ うな問題が生じ、それを解決するにはどうすればよいか、という状況、問題、解決がセットにして記述さ れる。本プロジェクトでは、さまざまな共創型研究の経験者による創発的ワークショップにより、共創が うまくいく時の状況や、協働を妨げる問題とそれを乗り越えるための戦略等のアイデアを抽出したあと、 KJ法を用いてアイデアをグルーピング、系統化する。それらを「状況と問題」「解決策」「その結果」等 を含むユニット(ランゲージ)にまとめ、関係性をワークショップで明らかにし、記述する。共創を育む パターン・ランゲージは、研究者を対象とした「TDパターン」と、自治体、NGO、企業のそれぞれにおける 共創プロジェクト経験者を対象とした3種類の「共創パターン」を作成する。FR1の終了後に「TDパター ン」「共創パターン」の第一弾として取りまとめ、毎年更新する。

WG3: Capacity building (Feedback and reflection of “practical framework”)

 WG3では、WG1およびWG2の成果を用いてTD手法に関する研修を実施する。研修の実施者および参加者へアン ケート調査を行い、手法、技法の有効性を検証する。

 

 本研究では地球研アーカイブズの資料や、地球研が購読している文献データベースの資料を利用し、 分析の基盤となる事例のデータベースを作成するとともに、インタビューの対象者を特定する。また、イ ンタビュー、ワークショップには地球研の現在および過去のプロジェクトリーダー、研究員、メンバーの 参加を予定している。WG3では地球研のTD研修スクール(TERRA School)を活用する。実践的フレームワー クを研修で用いる他、フィールドスタディ(2019年度FEASTプロジェクト亀岡市を予定、2020年度栄養循環 プロジェクト琵琶湖で調整予定)において、プロジェクトに関わるステークホルダーとリフレクションを 実践する。地球研のFuture Earthアジアセンターを通じてFuture Earthの研修開発プロジェクト(NSF申請 中)と連携する。

 

(コアFSで得られた成果)

 TD手法を使った事例を文献から収集し、対象とする環境問題や地域等の情報を抽出し、データベースに情 報を格納した。データベースを用いて、事例を分析し、年代や地域ごとの特徴を抽出した。また、地球研 のプロジェクトに関しては文献になっていない情報が多いため、実践プロジェクトを対象としたインタビ ューを実施し、プロジェクトにおけるTD事例を整理した。FRで対象とする事例を決めるため、文献のレビ ューと事例データを参照しつつ、TD手法の暫定的な定義(working definition)を作成した。データベー ス構築に関しては、コアプロジェクト以外の予算を獲得できたため、FRの内容をデータベース構築から、 データベースを使った分析、に変更し、FRの計画を検討した。

○共同研究者名(所属・役職・研究分担事項)

○今後の課題

1. 本研究の最終的な成果は、研究デザイン構想のための指針と現場での実践技法から構成される「実践的 フレームワーク」の提案である。

2. Future Earthのオープンネットワークやブログ等、インターネットを通じた普及に加え、地球研のTERRA School参加者および国連大学、東京大学、ストックホルム環境研究所、チュラロンコン大学等における出張 講義を通じた、さまざまな環境問題を研究している研究者への普及。さらに、自治体、NGOs、および企業に 対して「共創パターン」を配付と活用方法を提供し、成果を普及する。