• 実践プログラム2

生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会─生態システムの健全性

研究プロジェクトについて

栄養バランスの不均衡が引き起こす流域の環境問題と地域固有の課題をともに解決するにはどうしたらよいか?私たちの提案する流域ガバナンスは、多様な主体が身近な自然を守る活動に取り組むことによって地域の課題を解決し、地域の「しあわせ」を向上することから始め、そして、この活動の輪を広げ、生物多様性や栄養循環を回復し、流域の健全性を向上することをめざしてきました。

何がどこまでわかったか

琵琶湖・野洲川流域では、住民が身近な生き物の保全や生態系サービスを楽しむ活動を通じて地域の活性化につなげていこうとする姿が確認できました。このような活動は、地域の生態系や歴史の違いなどによってさまざまであり、進捗の段階も同じではありません。しかし、住民の活動が地域の生物多様性や栄養循環の回復につながることを示唆するデータや、地域のしあわせにつながっていると判断できる事例も確認できました。流域内の多様なコミュニティの活動がどのように流域全体に広がるかについては今後の課題となりましたが、少なくとも琵琶湖・野洲川流域において、生物多様性は地域と流域を結ぶ大きなポテンシャルをもっているといえそうです。

他方、河川の環境悪化が深刻なフィリピン・ラグナ湖・シラン−サンタ・ローザ流域では、生物多様性がすでに大きく失われ、人びとの関心も高くないことがわかりました。しかし、調査を進めていくと、流域の多様な主体の共通の関心が地下水にあることがわかりました。地下水の水質調査と人びとの生活との関係に焦点を当てることによって、現地で流域フォーラムを形成する機運が高まりました。

琵琶湖流域とラグナ湖流域の生態学的・社会経済的な特徴の違いについても、リン酸-酸素安定同位体手法など自然科学の調査や社会科学的な調査を通じてまとめることができました(図1)。

リン酸-酸素安定同位体分析で描いた琵琶湖・野洲川流域におけるリン循環の地図(左図)。河川水のリン酸-酸素安定同位体比(δ18Op)の空間分布は流域の土地利用や地質特性を反映(右図)
図1:リン酸-酸素安定同位体分析で描いた琵琶湖・野洲川流域におけるリン循環の地図(左図)。河川水のリン酸-酸素安定同位体比(δ18Op)の空間分布は流域の土地利用や地質特性を反映(右図)

私たちの考える地球環境学

流域は水や栄養が循環する空間の基本単位ですが、その中にはさらに小さな流域が入れ子状に階層をつくっており、大小さまざまなコミュニティが活動しています。流域の栄養循環の不均衡は流域全体に関係する課題ですが、高齢化や担い手不足などの差し迫った課題を抱えている集落も多くあります。このような状況でも、流域と地域の間に多様な生態系サービスを生み出す生物多様性が介在することで、異なる空間スケールにおける課題がともに解決につながる回路が創出されるのではないか、これが私たちの流域ガバナンスの基本アイディアでした。

フィリピン・ラグナ湖流域での調査から、生物多様性がうまく機能しない場合があることもわかりましたが、現地の人が広く関心を持つ事象(地下水など)を見つけて生物多様性と置き換えることでうまくいく可能性も見えてきました。地球の陸域は多様な流域のモザイクからできているととらえることができます。本プロジェクトが提案した順応的流域ガバナンスが、個性ある世界の多様な流域において現地の人たちの意志で広がるならば、地球環境問題の解決につながることができると考えています。

新たなつながり

野洲川流域では、下流域と上流域で活動する住民が互いに現地を訪問して、野洲川流域の将来について意見を交換する試みが始まりました。また、フィリピンのシラン−サンタ・ローザ流域では、ラグナ湖開発局とサンタ・ローザ市により水質観測施設設置に関する基本合意書が締結され、河川や地下水の調査体制が整備されつつあります。

プロジェクトの超学際的な取り組みをまとめた成果本を2020年度に出版予定です。このプロジェクトに取り組む過程で生まれた自然科学や社会科学の方法は、今後も流域にかかわる多くの方にさまざまな場面で使っていただくことを期待しています。

プロジェクトリーダー

奥田 昇
京都大学生態学研究センター

外部評価委員による評価(英語)

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