問い直される学問のあり方



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日本雪氷学会会長 中尾正義

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災によって、1万5千人以上にも及ぶ尊い人命が失われました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災地の一日も早い復興を願わざるを得ません。  

この災害は、被災地のみなさんに多大の影響をもたらしただけではなく、直接的な被害を受けなかった人も含めて、わたしたち総てに様々な問いかけをしています。学問の世界も例外ではありません。  

地震・津波を含む自然現象の科学的解明や、それらを基礎とした防災・減災技術向上を、重要な研究テーマの一つとする地球惑星科学関連学協会(雪氷学会も加盟しています)は、「巨大地震・津波の可能性を地震発生の長期的評価や地震・津波ハザードマップに適切に反映させ得なかったことが、今回の震災への社会の備えが十分でなかったことが原因の一つです。そのことを私たちは痛切に反省するものです」という共同声明を2011年の秋に発表しました。

同声明では、「地震発生予測に依存しない防災体制や、災害に強い土地利用・社会基盤の確立が重要」であり、「地球科学者や防災学者のみではなく」、「総合的かつ機動的な初動対応や迅速かつ的確な情報発信について検討しておくべき」であり、「地球惑星科学関連学協会は、互いの連携を強化して、こうした検討に多角的な貢献をしていきます。」と締めくくっています。  

つまり防災・減災に関する研究分野は、従来考えられていたような狭い意味での専門家がカバーする研究領域というよりは、自然科学領域に限らず人文系や社会科学系の領域をも含む総合学問であるという見直しを行うべきであるというメッセージも含んでいます。  

雪氷防災に関する多数の研究者・技術者を抱えるわが雪氷学会にとっても、その研究領域を人や社会を含むかたちでより広く考える必要があるでしょう。もちろん、萌芽的な取り組みはすでに始まっていますが、従来にも増して強化する必要があるのではないでしょうか。  

およそ学問は、研究の動機や取り組み方の違いによって、@系統樹的な研究、A知的好奇心に基づく研究、B課題設定型研究、の三つにおおよそ区分することができるだろうと思います。  

@の系統樹的な研究は、古来蓄積されてきた○○学を受け継ぎ、その伝統を、技術的な側面も含めて、後世に継承するための研究とでもいえばよいでしょうか。大学にある多くの○○学研究室や○○学教室における研究がこれに相当します。

Aの知的好奇心に基づく研究は、いわゆる学術研究の大部分だといってもよいでしょう。友人の言によれば、「学術研究を担う研究組織の優劣を決めるのは、食えるか食えないかわからないような深海魚を何匹飼っているかによる」とのことです。つまり食うことができるかどうか(役に立つかどうか)わからない深海魚のような魚(研究)を飼うだけの余裕をもつことが大切だ、ということなのです。

ある深海魚がどうも食えそうだということになった時に、Bの課題設定型研究が立ち上がるというのが、一般的な流れのようです。その調理法や味付けの検討、美味しく食べるための付け合わせの工夫、盛り付け方、保存方法など、実際に食べるための研究がスタートします。あくまでも目的は、その魚を本当に食べられるものとして社会に提供するということにあるのです。

はじめに述べた防災・減災に関する研究は、そう言う意味では、Bの課題設定型研究の典型です。災害を防ぐ、災害を減らすという明確な目的があり、その成果を社会に還元するための研究です。

それがいつの間にか、自分は魚の味付けは専門だが切り方はわからない、調理は任せてもらえれば良いが、盛り付け方は全く関心がないなど、その魚を食べられるようにして社会に提供するという最終的な目的を見失った研究になっていたのではないでしょうか。その反省が、先に述べた声明文にも表れているのです。

つまり課題設定型の研究は、自らが得意でなくとも、異なる研究分野を巻き込み、その目的を真摯に追求する姿勢が極めて大切だと考えます。 総合科学技術会議の下部組織である防災科学技術委員会においても、「災害のメカニズムの研究→防災・減災のための研究」という、今までは当然だと思われていた研究の流れではなく、「防災・減災のための研究→そのために必要な研究項目のひとつとしてのメカニズム研究」という、いわば全く逆の発想による研究計画の検討へと大きく舵を切りました。目的意識からスタートして研究課題を設定しようという流れです。雪氷分野においても、災害に関わる研究のあり方を問い直す時期かもしれません。

本稿では、東日本大震災からの問いかけに関連して、課題設定型研究である防災・減災に関わる研究のあり方を中心に述べてきました。しかしながら、わたしが区分した@からBまでの研究はどれをとっても重要です。また相互に深く関わっています。スペースが限られているために、系統樹的研究や学術研究については別稿に委ねますが、要は、これらのバランスのとれた研究が展開されることが肝要であることを最後に付け加えておきたいと思います。

(雪氷 74巻1号(2012年)より)