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第29回環境疾患セミナー 「生命・病い・科学技術の諸相/諸問題2」


立命館大学グローバルCOEプロ グラム「生存学」創成拠点より、横田陽子さんをお招きし、下記題目/概要にて、報告していただきます。
報告終了後は、参加者でディスカッションをおこない ます。
ご関心の向きもすくなくないかと拝察いたします。何卒ふるってご参加いただけると幸いです。


日時: 2010年11月11日(木)16:00 - 18:30
場所: 地球研プロジェクト研究室6
演者: 横田陽子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
タイトル: 地方衛生研究所の現在とその創設に至る長い歴史
主催: 地球研プロジェクト「病原生物と人間の相互作用環」


【概要】

地方衛生研究所は、公衆衛生行政における基礎的データを生産している機関である。1950年前後に全国的に整備され、1960年代の公害問題を契機に公害行政、のちの環境行政にも関係するようになった。地方衛生研究所は、組織上は公衆衛生行政・環境行政に、科学技術上は医学、薬学などの専門領域に属し、科学技術に基礎をおく実際的な問題解決に関わる機関である。現在行政改革の下、公衆衛生行政でも改革が進行中で、地方衛生研究所の立地基盤も変貌しつつある。このような地方衛生研究所が創設されるに至った経緯を概観すると次のようになる。
地方衛生行政の科学技術部門は、薬品や飲食物の取締制度設立によりまず化学分析が、また国内初のペスト流行を契機に細菌検査が導入され、1900年代にはこれら二大技術を備えた試験検査部門が制度化された。一方同時期、中央の衛生行政の主導権は医師から事務官僚に移行し、科学技術の専門家は周縁化されていった。
1910年代後半、上水試験実施のために都市にも衛生試験所が登場し、都市の課題に取り組むべく組織が拡張されていく。一方1920年代半ば、衛生行政における事務官僚主導に対して、中央・府県の技術者による衛生行政における地位向上や科学技術重視を求める運動が起きた。敗戦後、この運動は科学性や専門性を重視するGHQ占領下の公衆衛生改編に強い影響を与え、その一つが従来の化学分析部門と細菌検査部門を統合した地方衛生研究所の創設であった。当初、公衆衛生行政上の位置づけが定まらなかったが、社会的関心が高まる健康関連問題が続発したことで、厚生省は地方のデータを必要とし、その意義が見出されて結果的に定着していった。

発信者:
研究室6 安部 彰