ギメ美術館図書館における資料調査

 2007年1月8日から12日までの間、パリのギメ美術館図書館に収められている、ポール・ペリオ(P.Pelliot)の遺稿を調査した。大阪大学の森安孝夫教授から、ペリオ遺稿に奴児干永寧寺碑の解読があるとの情報を得、さらに拓本が添えられていることが判明したので、確認のために同館に赴いたのである。
 Pel_M294のファイルには、ペリオが西洋紙に鉛筆書きで1413年の「勅修奴児干永寧寺記」と1433年の「重建永寧寺記」を判読した記録があった。ペリオは、ウラジオストークにある石碑自体を見たことはないので、拓本か拓本の写真を読んだものと思われる。しかし、ファイルに入っていた拓本は、金代の泰和6年(1206)の漢文と女真文が併記された石碑の拓本であった。ペリオが、拓本を読んでいることは間違いがないと思われるので、どこかに紛れてしまったものと考えられる。残された時間で、ペリオ遺稿をできるだけ多く調べたが、拓本を見つけ出すことはできなかった。今後の調査で拓本の所在を明らかにしたい(文責:中村)。


ギメ美術館


ギメ美術館図書館内部


ポール・ペリオの遺稿