歴史と地理 (1997) No.500, 25-29. 山川出版

資料のコーナー

氷河に関する用語解説

 

北海道大学低温科学研究所 白岩 孝行

 

1.氷河時代(氷河期)と氷期

 氷河時代あるいは氷河期(Ice Age; Icehouse)とは、高緯度地方に大規模な氷床が存在する時代を指し、氷床が存在しなかった無氷河時代(Greenhouse)に対置される時代である。先カンブリア時代末(23億年前と9〜6億年前に2回)、古生代(4.4億年前のオルドビス紀に1回、3.7〜2.7億年前のデボン紀〜石炭紀に1回)、そして新生代(3600万年前〜現在)に氷河時代が存在した。主として大陸移動によって極域ないし高緯度地方に大陸が分布することにより氷河・氷床の形成が始まり、氷河時代が作り出されたと考えられている。従って数億年の時間スケールで考えるべき現象である。

 一方、氷期(GlacialあるいはGlacial Stage)とは、極域を中心に中緯度地域にまでおよぶ氷床の発達する寒冷な時代を指し、氷河・氷床は存在するものの比較的温暖な間氷期(InterglacialあるいはInterglacial Stage)と繰り返して出現したことが知られている。1周期が10万年程度の時間スケールをもつ氷期・間氷期サイクルは、前述した氷河時代の中で繰り返される現象である。過去の氷河時代にも氷期・間氷期サイクルが複数回が存在したことが一部知られているが、大部分の知識は新生代氷河時代の研究によって確立された。氷期・間氷期サイクルの原因は、地球軌道の周期的な変化による地球大気表面での日射量変化が主な原因と考えられている。

 

2.氷河湖と氷河せきとめ湖

 氷河湖(Glacial lake)という用語は適用範囲が広い。氷河の侵食・堆積作用によって形成された凹地に湛水したものを一般に氷河湖と呼ぶ。侵食による例としては、山頂が氷河によって半円形に侵食されたカール底に形成されたもの、氷食U字谷底に形成されたものなどが多い。平地の例では、2万年前の最終氷期に北ヨーロッパや北アメリカ北部を覆った大陸氷床が大地を侵食し、その結果形成された凹地に湛水した氷河湖がカナダや北欧で広く見られる。北アメリカ北部を覆ったローレンタイド氷床の侵食によって形成された北米の五大湖なども氷河湖である。

 氷河の堆積作用に関連する氷河湖としては、谷氷河の末端において氷河の融解水がその氷河自身のモレーンによって堰き止められた例が多い。近年、特に注目されているのは、急速に発達する氷河湖である。ヒマラヤ山脈の谷氷河では、氷河上に堆積した岩くずが断熱材として氷河の融解を抑制してきた。ところが、最近になって急激に氷河の融解が進み、その結果、多くの氷河でここ半世紀程度の間に長径数kmに達するような氷河湖が形成されつつある(写真1)。これらの氷河湖に大規模な雪崩や落石が落下するとどうなるであろうか?湖面は大きく波うち、この波はせきとめているモレーンを決壊し、一気に湖水が排出されるであろう。実際、ヒマラヤではこのような氷河湖決壊洪水がしばしば生じ、物的・人的被害が広がっている。これも地球温暖化の現れであろうか?

 一方、氷河せきとめ湖(Ice-dammed lake)とは、氷河の融解水や河川水を氷河や氷床あるいはモレーンがせきとめて形成された湖であるが、せきとめられた水流とせきとめた氷河が起源を異にする場合に使用することが多い。主谷の氷河が支谷の河川をせきとめる例や反対に支谷の氷河が主谷の河川をせきとめる例が知られている。せきとめる氷河がサージ氷河(定期的に突発前進と後退を繰り返す氷河)である場合、氷河前進→氷河せきとめ湖の形成→氷河の後退→湖の決壊という過程が周期的に繰り返しておこることがある。アンデス山脈のリオ・デル・プロモ氷河はこのような例として知られている。

 氷河に関連した湖の中で少し異質なものに氷河底湖 (氷下湖とも呼ぶ:Subglacial lake)がある。文字どおり、氷河や氷床の底部の凹地に融解水が貯まってできた湖で、氷の自重のため被圧されている。アイスランドのバトナ氷冠の底部にあるグリムス湖は火山の地熱のために形成される氷河底湖で、一定以上の水深に達すると氷河底の流路を通じて排水され、ヨコロウプ (J嗅ulhlaups)と呼ばれる大洪水を引き起こす。いったん排水された後は、次の排水まで氷河湖は発達する。1996年、バトナ氷冠下の火山噴火によりヨコロウプが生じたことは記憶に新しい。3000mもの厚さをもつ南極氷床の底部にさえも氷河底湖が存在することが電波探査によってわかっている。中でも東南極のボストーク基地直下には大規模が氷河底湖が存在することが知られており、注目されている。

 

 

3.フィヨルドとリアス海岸

 フィヨルド(Fiord)とは部分的に沈水した氷食谷を指し、リアスあるいはリアス海岸(Rias coast)とは開析谷をもつ地形の部分的な沈水によって形成された樹枝状の入江をもつ海岸を指す。リアス海岸は、スペイン北西岸ガリシア地方に発達するリア(ria)と呼ばれる湾に起源をもつ。両者の本質的な相違は、(1)フィヨルドの形成には氷河や氷床の侵食作用が関与している点と、(2)リアス海岸形成の必要条件である海面上昇による沈水が、フィヨルドの形成には特に必要とされない点である。

 第1図は、約2万年前の氷期と現在に関し、(1)河川縦断形、(2)海水準、(3)氷河の規模について、それぞれの違いを模式的に表したものである。氷期には海水準の低下により、海水面を侵食基準面とする河川は下流部で谷をけずり、上流部では山地からの堆積物で埋積されていた。氷期から現在への急速な海水準の上昇により、氷期に形成された河口部の谷は海に沈み堆積が始まり、山地では堆積物の供給が減り侵食が始まった。河口部付近が比較的急峻な地域では、堆積速度に対して海面上昇速度が勝ったので、氷期に形成された谷が海に溺れたようになり、リアス海岸が形成された。

 次にフィヨルドの特徴を明らかにするため、海面に達する氷河による谷の侵食を考えてみよう。氷期の寒冷な気候で大規模に発達した氷河は山岳地域で氷食谷を形成し、さらに前進して海面に達した。ここで、氷の密度を900 kg・m-3、海水の密度を1000  kg・m-3、氷河の厚さを1000 mとする。1000mもの厚さをもつ氷河は、海水中でも陸上同様、氷河底面を侵食しながら傾斜に従って流動する。そして、氷河先端の底部の水圧と氷の荷重がちょうど等しくなるところ、すなわち水深が900 mの地点に達すると、氷河の末端は海底面から離れ浮き上がる。浮き上がった氷は亀裂によって氷河本体と切り離され、氷山となって外洋に流出する。この過程を特にカービング(Calving)と呼ぶ。フィヨルド形成において最も重要な点は、流水による侵食が侵食基準面である海水準に規定され海底ではほとんど作用しないのに対し、氷河による侵食は氷河の厚さに応じて(厚さの0.9倍の深度まで)海面下でも働くことである。

 上の状態からもし急激に氷河がなくなったとすれば、海面の変化がなくとも海面下の侵食谷が形成されることになり、フィヨルドが出来上がるであろう。フィヨルドの特徴として、その縦断面形に表れるしきい(Threshold)と呼ばれる地形がある。これは、フィヨルドが外洋に接する付近に存在する急激な海面下の基盤の高まりである。フィヨルドの形成期に、氷体が浮上することによる急激な侵食力の低下によって削り残された地形と考えられている。また、横断面形としては氷食谷に特有な切り立った側岸が挙げられる。最近の数値計算による氷食谷の横断面形の発達過程の研究によれば、氷河底面においてもっとも侵食速度が大きいのは底部の中央部ではなく、底部のなかでも側方に偏っていることが指摘されている。その結果、氷河の側面が底部と共に侵食され、急峻な側壁が形成されると考えられている。

 

4.モレーンとエスカー

 モレーン(Moraine)とは、氷河によって運搬中もしくは堆積された岩屑からなる堆積地形を指す。氷河に対する堆積場所により様々な名称がある(第2図)。氷河末端のものをターミナルモレーン、氷河側面のものをラテラルモレーン、二つの氷河が合流した際に内側のラテラルモレーンが合体したものをメディアルモレーンと呼ぶ。この他、地形としては明瞭ではないが、氷河の下流域の表面を覆うものをアブレーションモレーン、氷河底面で堆積したものをグランドモレーンと呼ぶ。モレーンを構成する堆積物はティル(Till)と呼ばれ、地形形態を指すモレーンという用語とは区別される。ティルは、基盤岩からはぎとられた岩石や周囲の山からの落石が主な中身であるため、、角張ったレキないし少しだけ丸くなったレキから構成されることが多い。また、水流による影響を受けていないため、堆積物には層理が明瞭でない。

 一方、エスカー(Esker)とは氷床底水路、氷床内水路、氷床表面水路に堆積した流水の堆積物から構成される土手状の地形である(写真2)。純粋に水流による堆積物であるため、レキは丸くなり、層理を有していることが多い。エスカーはしばしば100kmを越える長さにわたって連続することが知られているが、多くはずっと短い。最近では、火星表面にもエスカーがあるという証拠が見つかり、火星にかつて大規模な氷床が存在したことが指摘された。エスカーの類義語であるスウェーデン語のオース(《)は長大なエスカーに用いられる。ある年、デンマークからノルウェーへ寝台列車で旅行した折り、目が覚めるとオースという名前の駅に停車していた。エスカーの上に建てられた駅舎だったのだろうか?

 

おわり