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アラブ社会におけるなりわい生態系の研究――ポスト石油時代に向けて

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地球研年報(業績一覧など)

R-05

 

プロジェクトリーダー(代行)窪田順平 総合地球環境学研究所

サブリーダー

石山 俊 総合地球環境学研究所

コアメンバー

縄田浩志 秋田大学新学部創設準備室/総合地球環境学研究所
川床睦夫 イスラーム考古学研究所
宮本千晴 マングローブ植林行動計画
坂田 隆 石巻専修大学理工学部
吉川 賢 岡山大学大学院環境学研究科
星野仏方 酪農学園大学環境システム学部
篠田謙一 国立科学博物館
BABIKER, Abdel Gabar E. T. スーダン科学技術大学
ABU SIN, Abdallah M. A.  ゲジラ大学
LAUREANO, Pietro 伝統的知識世界銀行
BENKHALIFA, Abdrahmane アルジェリア国立生物資源開発センター・クバ高等師範大学

プロジェクト研究員

市川光太郎 プロジェクト研究員
中村 亮 プロジェクト研究員
HAFIZ KOURA, Hafiz Mohamed Fathy プロジェクト研究推進支援員
王 娜 プロジェクト研究推進支援員
岡本洋子 プロジェクト研究推進支援員
水真咲子 プロジェクト研究推進支援員

研究プロジェクトについて

中東の乾燥地域において、1000年以上にわたり生き残り続けることができたアラブ社会の生命維持機構と自給自足的な生産活動の特質を明らかにし、ポスト石油時代に向けた、地域住民の生活基盤再構築のための学術的枠組みを提示することをめざします。

 

なぜこの研究をするのか

日本や中東諸国は、エネルギー・水・食料の観点からみて地球環境に多大な負荷を与え続けてきました。自国の経済的繁栄を維持・拡大することを最優先に、中東地域における化石燃料と化石水といった再生不可能な資源の不可逆的な利用を過度に推進し、外来種の植林による地域の生態系の改変や資源開発の恩恵の社会上層への集中をもたらしました。現代石油文明が分岐点を迎えつつある今、これからの日本・中東関係は、化石燃料を介した相互依存関係から、地球環境問題の克服につながる「未来可能性」を実現する相互依存関係へと一大転換する必要があります。その社会設計のために、これまで中東地域ではぐくまれてきた生命維持機構、さらには将来に向けて維持していかなければならない生産活動の特質を、「地球環境学」の観点から実証的に明らかにしていく基礎研究の推進が重要だと考えます。

低エネルギー資源消費による自給自足的な生産活動(狩猟、採集、漁撈、牧畜、農耕、林業)を中心とした生命維持機構、すなわち「なりわい」に重点をおいた生態系の実証的な解明を通じて、先端技術・経済開発至上主義を根源的に問い直し、砂漠化対処の認識的枠組みを社会的弱者の立場から再考します。研究成果に基づき、庶民生活の基盤を再構築するための学術的枠組みを提示し、ポスト石油時代における自立的将来像の提起へとつなげていきます。

どこで何をしているのか

主要な調査対象地域は、紅海とナイル川の間に位置するスーダン半乾燥3地域(紅海沿岸、ブターナ地域、ナイル河岸)です。さらに、サウディ・アラビア・紅海沿岸、エジプト・シナイ半島、アルジェリア・サハラ沙漠の3カ国・3地域をサブ調査対象地域とし、各地域のなりわい生態系の特質を比較研究していきます。現地調査をもとにして、それぞれのキーストーン、エコトーン、伝統的知識を地域間で比較し、固有の条件下でのなりわいの持続性の違いを明らかにしようとしています(図1)。最重要課題である研究テーマは、1)外来移入種マメ科プロソピス統合的管理法の提示、2)乾燥熱帯沿岸域開発に対する環境影響評価手法の確立、3)研究資源の共有化促進による地域住民の意思決定サポート方法の構築、の3点です。研究方法の中心的アプローチは、i)キーストーン(ラクダ、ナツメヤシ、ジュゴン、マングローブ、サンゴ礁)に焦点をあてたなりわい生態系の解析と、ii)エコトーン(涸れ谷のほとり、川のほとり、山のほとり、海のほとり)に焦点をあてたアラブ社会の持続性と脆弱性の検証の2点です。

プロジェクトメンバーには、国内外の人文社会科学者、自然科学者、地域のNGOメンバー、プロジェクトマネージャーが含まれ、それぞれのメンバーが、(A)外来移入種の統合的管理グループ、(B)乾燥熱帯沿岸域の環境影響評価グループ、(C)研究資源共有化グループ、(D)地域生態系比較グループ、に分かれて研究を進めています。

図1 調査対象地域と研究テーマ
図1 調査対象地域と研究テーマ

伝えたいこと

漁撈文化とジュゴンの行動特性からの海洋保護区の資源管理への提言

ヒルギダマシを優占種とするマングローブ林と裾礁を中心としたサンゴ礁が共存し、マングローブ生態系とサンゴ礁生態系が相互に関連しあう特有の沿岸生態系を発達させている「乾燥熱帯沿岸域」では、歴史的に海産物(魚介類、イルカ、ジュゴン、ウミガメ)に依存する食生活が存在してきました。その一方、沿岸域には製油所、石油化学プラント、発電所、海水淡水化プラント、港湾施設などをともなう工業都市が集中しているため、マングローブ林・サンゴ礁・海草藻場の破壊、高塩分濃度の排水の垂れ流しなどによる環境悪化が懸念されています。住民参加のしくみにのっとった地球環境問題発生の予防としての新たな環境影響評価の枠組みを提起するため、紅海を取り囲むスーダン、エジプト、サウディ・アラビアの沿岸部において、マングローブ、サンゴ礁、ラクダ、ジュゴン、漁撈文化に焦点を当てた多角的な調査研究を実施してきました。

その結果、スーダンの海洋保護区のひとつであるドンゴナーブ湾における漁撈文化調査から、漁師が生業空間の正確な認識、漁獲対象の詳細な生態理解に基づいて漁撈を行なっていることがわかりました。漁師は77か所の漁場を、陸の地図と海の地図を用いて正確に探り当てます。また、半年にわたる強風の季節や夏場の高気温など、厳しい自然条件による漁撈制限が、結果的に水産資源の過剰利用を抑制している可能性が示唆されました。一方で、浅い海に生息する沿岸定着性のナマコは採集が容易なうえ、高額で取り引きされるため乱獲が懸念されます。ナマコ加工に使用するマングローブの伐採問題も浮上してきました。

さらに、バイオロギングを用いたジュゴンの行動調査の結果から、ジュゴンの海域利用特性を把握することができました。ジュゴンは96%以上の時間を水深4m以浅で過ごし、ときには水深40mまで急速に潜水することがわかりました。また、特定の海草藻場にくり返し来遊したことから、摂餌場固執性が強い可能性が示唆されました。そのほか、ジュゴンの移動経路上には漁場はほとんどないことがわかりました。今後、ジュゴンの鳴音によるコミュニケーション方法が明らかになることも期待されます。

ドンゴナーブ湾の漁師とジュゴンの利用海域は大きく重複することがなく、刺し網などによるジュゴン混獲の可能性も、漁師とジュゴンとで海域利用を空間・時間的にすみ分けることにより回避できる可能性が示唆されました(図2)。

公共事業・開発の波が押し寄せる前に、開発や資源管理における留意点を明確化することができました。本プロジェクトにおける学術的データの蓄積は、海洋保護区管理の枠組みとその中身の具体的なインプットに貢献すると同時に、広く紅海沿岸域全体、そして、乾燥熱帯沿岸域における環境影響評価にも参考可能な内容です。

図2 スーダン・ドンゴナーブ湾における沿岸資源利用の実態
図2 スーダン・ドンゴナーブ湾における沿岸資源利用の実態

これからやりたいこと

最終年度の課題は、個別の実証的なデータを融合させた説得力のある論点の提示と「アラブ社会のなりわい生態系」としての分析結果の統合です。これまでの研究で得られたマングローブ、サンゴ礁、ラクダ、ジュゴン、漁撈文化といった海辺のなりわい生態系の解明や、栽培種ナツメヤシ、外来移入種プロソピスといった樹木に関する実証的研究から、「エネルギー」と「食料」になる“新たな”資源としての価値の再評価に取り組みたいと考えています。さらには、研究成果を国立科学博物館において「砂漠を生き抜く(仮)」というタイトルで企画展示します。昨年度、和文単行本『ポスト石油時代の人づくり・モノづくり―日本と産油国の未来像を求めて』(地球研叢書、昭和堂)、および、多言語(アラビア語、英語、フランス語、スワヒリ語) によるArabSubsistence Monograph Sires(松香堂書店)の第1・2巻の出版を開始しました。2013年度は、和文シリーズ本『アラブのなりわい生態系』(全10巻予定、臨川書店)、『砂漠の水を分かち合う知恵(仮)』(国立科学博物館叢書、東海大学出版会)の発刊を通じて、研究成果のまとめと現地への還元を行ないます。

写真1 漁師へのインタビュー(スーダン) 写真2 ナマコを採集し天日干しにする(スーダン) 写真3 漁業者とバイオロギング用の機材を装着したジュゴン(スーダン)

写真1 漁師へのインタビュー(スーダン)

写真2 ナマコを採集し天日干しにする(スーダン) 写真3 漁業者とバイオロギング用の機材を装着したジュゴン(スーダン)

 

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