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民族/国家の交錯と生業変化を軸とした環境史の解明──中央ユーラシア半乾燥域の変遷

プロジェクトのホームページ

地球研年報(業績一覧など)

R-03

プロジェクトリーダー

窪田順平 総合地球環境学研究所

研究プロジェクトについて

中央ユーラシア半乾燥地域は遊牧とオアシス農業とが共生する世界でしたが、民族/国家の興亡の時代を経て、ロシアと清の進出により、遊牧民の定住化や農耕へと生業の大変化が起きました。その後の大規模な開発によって現代的な環境問題が顕在化します。人間と自然の相互作用の歴史的変遷を、背景に存在する国境、民族、生業(農業と遊牧)などの問題に着目して考察し、未来可能性を探ってきました。

 

何がどこまでわかったか

本プロジェクトでは、中央ユーラシアの乾燥地域を対象に、アイスコア、年輪、湖底堆積物などを用いて、過去1000 年にわたる気温、降水量、湖水位など気候・環境の変動を復元しました。さらに農耕・牧畜の基盤となる河川流量と、草原の分布の変動とを推定しました。一方で、遺跡、史資料などから環境の変動に対する人間の対応を解読し、人間と自然の相互作用の歴史的変遷を明らかにしました。

中央ユーラシアは乾燥地とひとくくりにされがちですが、年間の降水量と季節性の違い(夏雨型、冬雨型)、標高や緯度による気温差などに起因する多様な生態環境と、それに対応したさまざまな形態の農牧複合とが存在していました。降水量の変化にともなう草原の移動などの環境変化には、遊牧の移動性の高さが適応の手段として必要でした。また、乾燥への適応として灌漑農業も発達し、大河川の河道の変動には農業集団も移動で対応していました。変動の大きい自然環境こそが、中央ユーラシアを多様な文化・生業をもつ人間集団が共存する多元的な地域として特徴づけていたのです。そこでは、移動性の高さ、生業の変化など、社会の流動性が適応力を高めていたと考えられます。

18世紀後半以降、ロシアと清の進出と明確な国境によって地域は分断され、それぞれ異なる道を歩み始めます。近代化のなかで生じた環境問題も、生態環境と開発過程、ガバナンスの違いにより多様でした。

カザフスタンでは、1930年代以降のソ連邦による集団化・定住化は、遊牧を生業とし、移動を適応の手段としていた社会を大きく変容させました。農業、牧業のいずれにおいても近代化のなかで分業化が徹底され、多様な生業や伝統知は失われます。ソ連邦崩壊直前まで続けられた計画経済下の農業開発は、環境への過剰な負荷をもたらし、さまざまな環境問題を引き起こしました。ソ連邦崩壊後、カザフスタンは市場主義経済へと急激な転換を図ります。計画経済を支えていた国家によるシステムは失われ、農業、牧業の生産は急激に落ち込みます。塩害が深刻化した場所、経済的にコストが引きあわない場所など、多くの農地が放棄され、増大していた環境への負荷は、皮肉にも緩和されました。こうした歴史は、流動性の高い社会が、近代化の受容により、変動に対する適応性を減少させたことを示しています。

ソ連邦崩壊後、20年が経過し、経済的な回復・成長の一方で、今後の気候変動により氷河の大規模な縮小なども予想されています。歴史的な教訓を生かし、かつての適応性の高さを地域が取り戻せるかが、今問われています。

 

私たちの考える地球環境学

本プロジェクトは、乾燥・半乾燥域という水資源が限られた人間活動のフロンティアにおける農業史という、人文現象に対する自然科学からのアプローチです。また、人類の農業生産にかかわる問題を環境学という観点から考察した具体的事例です。生産と環境保全との均衡点を、具体的な地域の場に即して模索することにより、地球環境問題の解決に資することをめざしました。

 

新たなつながり

本プロジェクトの成果は、学術論文の発表に加え書籍にまとめ、『中央ユーラシア環境史』(全4巻)として出版しました。また、2012年1月にカザフスタン・アルマトゥで、国際ワークショップを開催して学術的な総括を行なうとともに、日本大使館、JICA、UNESCOなどの協力を得て、公開セミナー“Toward a Sustainable Society in Central Asia: Our Responsibilities toward Unborn Generations and Unseen People”を実施し、対象地域への成果の還元を図りました。さらに、他機関と共同して、これらの知見の社会実装に向けた外部資金の獲得をめざしています。

近現代における社会体制と生業、そして環境問題の変遷と地域比較
図 近現代における社会体制と生業、そして環境問題の変遷と地域比較

 

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