福島原発事故による放射性物質汚染下における持続可能な農林業設計
金子信博 横浜国立大学大学院環境情報研究院
小松知未 | 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター |
石井秀樹 | 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター |
林 薫平 | 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター |
大野達弘 | ゆうきの里東和ふるさとづくり協議会 |
中島紀一 | 茨城大学農学部 |
太田寛行 | 茨城大学農学部 |
小松崎将一 | 茨城大学農学部 |
木村和彦 | 宮城大学食産業学部 |
杉山修一 | 弘前大学農学部 |
野中昌法 | 新潟大学農学部 |
原田直樹 | 新潟大学農学部 |
小池浩一郎 | 島根大学生物資源科学部 |
福島第一原子力発電所事故にともなう放射性物質による農地の汚染は、そこで生産された食品の安全性についての不安を引き起こしました。一方現代農業は土壌劣化を引き起こし、食品に含まれる栄養塩も不均衡というリスクが生じています。本FS では、どちらのリスクが大きいかを比較するとともに、生態学的に持続可能な農法を提案します。エネルギーを自給し、生産者と消費者の信頼に基づく農林業の復興を達成し、福島モデルとして提示します。
なぜこの研究をするのか
現代の私たちの生活はグローバル経済に支えられており、食品も例外ではありません。国産の食品も、農産物の巨大産地から東京のような巨大消費地に大量に輸送され、消費され、廃棄されています。これを食品に含まれる窒素やリンのような栄養塩の動きに注目してみると、生産地の土壌から東京湾に窒素とリンが一方向に移動していることがわかります。一方、日本の自然の代表である森林では栄養塩が森林内で循環しており、外部から肥料を投入する必要はありません。
2011 年3 月の福島原発事故は、放射性セシウムを拡散させ、環境を汚染しました。日本ではコメや多くの野菜に放射性セシウムが検出されたため、多くの消費者は原発に近い福島県産の農産物を避けるようになりました。汚染は一様ではなく、また、作物へのセシウムの移行もたいへん少ないため、リスクはきわめて小さいのですが、国内の産地間競争の点からは、福島県産は今後も不利な立場におかれるでしょう。
一般的な現代農業には、農薬や化学肥料による環境への負荷や生物多様性の減少のほかに、そこで生産される食品の安全性についても、懸念をもつ人が大勢います。一方、有機農業は環境への負荷を減らし、安全な食品を生産することを目的としていますが、生態学的に考えてみるとまだまだ多くの問題があり、必ずしも持続可能な方法ではありせん。本FSでは、福島原発事故をきっかけに、改めて食品の安全性と農業生産の持続可能性について考察を深めます。
これからやりたいこと
福島県だけでなく、東北では復興に向けてさまざまな取り組みがなされています。本FS で対象とする福島県の東和地区では、地元NPO が多くの研究者と対等の関係で放射性セシウムの問題に取り組み、農産物への移行を低減することに成功しています。しかし、事故前に「有機農産品」を購入していた東京の消費者は、事故後直ちに購入を取りやめました。今後、汚染問題を理解して消費者が戻ってくるためにはどうすればよいのか、震災後3年を経た今、消費者との関係を新たに構築する必要が出てきています。
東和地区でも、いろいろな農業のやり方があります。本FSでは、先入観にとらわれず、多くの農法について生態学的な解析を行ないます。まず、栄養塩循環を解析します。森林のように、なるべく内部循環の割合が大きい農地のほうが持続可能であるといえます。また社会全体としての栄養塩の循環のあり方について、生産者はどのようにして、石油や化学製品のような外部からの資源に依存せず、栄養塩をうまく循環させたらよいのか検討します。エネルギーに関しては、汚染によって利用が困難となっている里山から木材を伐り出し、利用することが必要です。このようなシステムの構築には、農地と森林、さらには消費者との間に循環が成り立つ適切なスケールをみつける必要があります。グローバル経済とは逆の、生態系として無理がなく、生産者と消費者の信頼に基づく関係を、福島原発事故を乗り越えることで構築したいと考えています。
図 本FS の研究体制
写真 福島県における森林除染試験地のようす