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温暖化するシベリアの自然と人
――水環境をはじめとする陸域生態系変化への社会の適応

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地球研年報(業績一覧など)

C-07

プロジェクトリーダー

檜山哲哉 総合地球環境学研究所

サブリーダー

藤原潤子 総合地球環境学研究所

コアメンバー

山口 靖 名古屋大学大学院環境学研究科
太田岳史 名古屋大学大学院生命農学研究科
高倉浩樹 東北大学東北アジア研究センター
杉本敦子  北海道大学大学院地球環境科学研究院
奥村 誠 東北大学災害科学国際研究所
山崎 剛 東北大学大学院理学研究科
立澤史郎 北海道大学大学院文学研究科

プロジェクト研究員

酒井 徹 プロジェクト研究員
清水宏美 プロジェクト研究推進支援員

研究プロジェクトについて

シベリアは温暖化がもっとも顕著に現れると予測される北半球高緯度にあり、降水量、融雪時期、河川・湖沼の凍結融解時期が変化し、永久凍土が劣化しています。その結果、河川の解氷洪水の規模が変化し、湿潤・乾燥の変動幅が大きくなってトナカイ牛馬飼育や野生動物の狩猟・漁撈など、地域の人々の生業に大きな影響を与えています。人々がそれらにどのように適応しているのかを調査しています。

なぜこの研究をするのか

温暖化予測研究は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)などを中心に国際的に活発に取り組まれています。一方、温暖化がどのように地域社会や住民の生業・生活に影響を及ぼしているのか、逆に人々が温暖化や環境変化にどのように適応しているのかを研究した例は多くありません。

シベリアは北半球高緯度に位置し、寒冷・乾燥な気候に適応してきた陸域生態系を有しています。温暖化と降水量の増加によって、シベリアの陸域生態系がどのように影響を受け、今後どのように変化していくのかを明らかにする必要があります。また、現地の人々が温暖化と湿潤化にどのように適応しているのかを見いだす必要があります。

どこで何をしているのか

レナ川の解氷洪水で浸水した人家(ヤクーツク市)

温暖化が顕著に進むものと予測されている北半球高緯度に位置するシベリアをターゲットにして研究しています。特に、永久凍土と広大なタイガ・ツンドラを有する東シベリア(レナ川流域)、行政区域としてはロシア連邦・サハ共和国を主対象としています。ロシア科学アカデミーに属する北方生物圏問題研究所、北方少数民族人文科学研究所、永久凍土研究所と研究協力協定を締結し、共同研究を進めています。

地球温暖化によってシベリアは湿潤化し、乾燥に適応してきた陸域生態系にダメージを与え、その結果シベリア地域社会は湿潤化に適応せざるを得ない、という仮説群をもうけています。現在を中心に過去100年、将来100年をターゲットにして研究を進めています。

温暖化によって生じる水循環変化とそれによる陸域生態系変化が、資源動物動態と人々の生業に与える影響について調査・解析するとともに、比較的人口が集中する河川沿いの洪水被害状況を調査し、洪水災害への適応の様相についての知見を収集しています。どちらも、近年の降水量変化(特に過湿化)に着目して研究を進めています。

伝えたいこと

大気データや降水量データを解析した結果、レナ川中流域では2005年~2008年に過湿になっており(図1)、それは過去約30年間で特異的な現象であったことがわかりました。さらに、カラマツ年輪炭素同位体解析からは、この現象が過去150年間でも特異な現象であったことがわかりました。降水量が増加し、地表層(凍土表層が夏季に融解する活動層)の土壌水分量が増加したことで、この期間中、夏季の融解深(活動層の深さ)が非常に深くなっていました(図2)。この一連の水環境変化は、レナ川の夏季基底流出量にも反映されていました(図3)。そして、観測サイト付近では土壌水分量の高い場所でカラマツが枯死することがわかりました。衛星観測データ解析からは、枯死木の増加を広域的に検出できませんでしたが、過湿のダメージは、原野火災や森林衰退としてスポット的に現れることがわかりました。

組織図







図1(クリックで拡大) 北ユーラシアの三大河川流域とその周辺域における2005年8月の水蒸気輸送とその収束・発散。水蒸気輸送の収束域(青)は、降水量が蒸発散量よりも大きい領域を、発散域(赤)はその逆の領域を示す。水蒸気輸送は矢印で示されている。上図は長期(1か月より長い期間)の水蒸気輸送を、下図はそれよりも短期の水蒸気輸送を示す
組織図
図2 レナ川中流域のカラマツ林サイトにおける1966年~2008年の積雪深(青)と融解深(赤)の経年変動
図3 レナ川の支流・アルダン川における夏季の基底流量(日最低流量)の経年変化(Brutsaert and Hiyama, 2012)
図4 ロシア連邦・サハ(Sakha)共和国で飼育されてきたトナカイの頭数の1980年~2010年にかけての変化。トンポ(Tompo)、コビャイ(Kobyai)、オレニョク(Olenek)地区での飼育トナカイ数もあわせて示してある。右縦軸はサハ共和国全体での頭数を、左縦軸は3つの地区での頭数をそれぞれ示す(サハ共和国 農業省 北方伝統部門および漁業活動課による2010年発行の「サハ共和国・国内トナカイ牧畜業」のデータをもとに作図)

資源動物動態と人々の生業に与える影響に関しては、家畜トナカイと野生トナカイに焦点を当てて研究しました。家畜トナカイの放牧地の位置情報を衛星観測データ上に照らしあわせ、放牧地周辺の植生変化や過放牧の状況を調べました。その結果、西シベリアのヤマル・ネネツ地域以外では顕著な過放牧がみられず、東シベリアでは、放牧地周辺の微地形を巧みに利用し、トナカイ牧民が柔軟に適応できている可能性が高いことがわかってきました。一方、温暖化の影響よりも1991年末のソ連崩壊による社会変化のほうが、トナカイ飼育に影響を及ぼしたようです(図4)。また、野生トナカイに追尾システムを取り付け、彼らの行動を衛星トラッキングシステムで監視しています。野生トナカイの移動ルートの分析を行なった結果、移動速度、行動圏や行動の日周期性などが明らかになりました(図5)。

東シベリアの代表的な河川であるレナ川の中洲には、生業としての牛馬飼育に不可欠な牧草が生えています。レナ川の春の解氷洪水は、ときに河川沿いの村々に浸水被害をもたらすものの、牧草の生育にとって養分をもたらす点で恵みとなっています。しかし、夏の洪水は生育した牧草を冠水させ枯らしてしまうため、農民にとっては災害として認識されていることがわかってきました。

研究プロジェクトについて
図5 2010年8月~2011年2月にかけて移動した野生トナカイの移動経路。地形標高(緑~茶)と、人工衛星データから判別した森林火災域(ピンク)とあわせて移動経路が示されている

これからやりたいこと

トナカイの成育に阻害となる春季の氷板の形成に着目し、放牧地周辺や移動ルート沿いの微地形に注意しながら、資源動物としてのトナカイと牧民がしなやかに適応できている理由を探ります。

トナカイ牧民経済の環境変化への適応に関してシステムダイナミックスモデルを応用し、さまざまなデータを取り入れて研究を進めます。

野生トナカイのトラッキングルートに日周期性があることがわかってきたので、動物行動学的な適応にかかわる研究をさらに進めます。北米や北欧で行なわれた既往の研究と比較し、シベリアの特徴や普遍性を抽出します。

冬季の降雪量や春季の気温上昇など、集水域の気象に着目しながら、どのような場合に河川の解氷洪水が災害に結びつくのかを、水文気候学的解析と人類学的知見を照らしあわせて定量的に明らかにします。

 

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