行事案内

第8回地球研市民セミナーが開催されました。

  2005年10月7日、第8回地球研市民セミナーが開催され、生態人類学の第一人者として知られ、生き物文化誌学会長も務める秋道智彌・地球研教授が、「東南アジアの魚と食」と題し、東南アジアやオセアニアで長年フィールドワークを続けてきた見聞をもとに、魚と人間をめぐる逸話や研究成果を語りました。
以下はその要旨です。

「東南アジアの魚と食」

1.今日の話のねらい

東南アジア(ガンジス河以東、広西壮族自治区の西江までと中国雲南省の南側)は亜熱 帯・熱帯の湿潤気候下にあり・淡水域から海水域までに生息する魚を利用する多様な食文 化(=魚食文化)が育まれてきた。自然としての魚が資源として人間に利用されることが どのような意味をもつのか。このセミナーでは、東南アジアにおける多様な魚食文化を紹 介し、魚とその食の問題からどのような世界が見えるのかについて考えてみたい。

2.淡水魚と海水魚の食文化

東南アジアの大陸部と島喚部では、淡水魚と海水魚を利用する食文化の性格が大きく異 なっている。大陸部では、メコン河、紅河、サルウィン河などの大河川と中小の河川、湖、 池、氾濫原、水田などに生息する淡水魚が食用とされてきた。調理法として、生食、焼く、 煮る、揚げる、蒸す、乾燥、燻製、塩蔵などのほか、発酵を利用した食品(魚醤、ナレズ シ)の発達が顕著である。魚醤はnam pla(タイ)、nam paa(ラオス)、nyoc mam(ベトナム) などと呼ぱれ、重要な調味料となっている。ラオスのナレズシには、paa deek、paa katao、paa sau、paa uapなど加工過程や発酵の程度でいくつもの種類がある。ラオスで は淡水魚や獣肉の生肉(ラープ:lap)を食する習慣がある。
大小の島々が分布する島喚部では、マングローブ地帯の汽水魚や、サンゴ礁海域、沖合 海域の海水魚が利用される。生食はあまり見られないが、調理法として焼く、煮る、揚げ る、蒸す、乾燥、燻製、塩蔵などとともに、発酵を利用した食品も一部の地域で見られる。

3.魚食文化と漁業

現代の東南アジアにおける漁業と魚食文化の事例を踏まえて噂えてみたい。
東南アジアでは、小規模な漁業が農業のかたわら、あるいは専業として営まれてきた(農 民漁業と漁民漁業)。漁獲された魚類は商品として都市部の市場に流通しない段階では自給 ないし小規模な交換に利用された余剰の魚は魚醤や塩魚・乾燥魚として保存された。 漁携技術の発達や商品経済の浸透入口の増加などが顕著になった現在、鮮魚として魚 を流通機構にのせることが可能となった。しかし、換金用漁業の発展と漁携技術の発達は 漁獲強度を高め・資源量の減少や魚体の小型化が顕在化している。とくに底曳網漁業、ま き網漁業などによる乱獲が顕著となり・インドネシア政府は1980年にジャワ海における底 曳網の全面禁止を政策として打ち出した。
他方、東南アジアでは漁業生産を安定化し、都市部や輸出向けの商品として魚を供給する ための養殖漁業が営まれてきた。養殖の対象として、淡水産のコイ・フナ、ナマズ、テ ィラピス汽水域のウシエビ(ブラック・タイガー)、カキ、ミドリイガイ、サバヒー、海 水域のハタ、アカメ、キリンサイなどさまざまな水産生物が含まれる。
○魚食と漁業
東南アジアにおいて、魚は生活のための食料として消費されるほか、現金を獲得するた めの商品として、あるいは儀礼や祭りなどのハレの行事食として利用されてきた。ここで、 食用魚を獲る漁業について現在どのような問題があるのかについて整理しておこう。
○破壊的漁業(destructive fishing)の功罪
ハタ類や大型のベラであるメガネモチノウオなどのサンゴ礁魚類の活魚が香港、シンガ ポール、台北などの中国市場向けに大量に輸出されている。ハタやメガネモチノウオを漁 獲するために網、篁などのほか、青酸カリが違法に利用されている。青酸カリによりハタ は麻痺するだけであるがサンゴ礁の小動物やサンゴが死滅するので、サンゴ礁環境にとり 破壊的な影響が懸念されている。
フィリピンでは、ミンダナオ島のバナナ農園で働く労働者向けにタカサゴなどの多獲性 表層魚がダイナマイトにより漁獲されている。ダイナマイト漁が環境破壊的であるだけに これを禁止することはもっともなことであるが、漁民の貧困問題や日本向けのバナナ・プ ランテ』ション労働者の食料供給を解決するための答えにはならない。東南アジアの地域 内・地域外との関連で破壊的漁業の蔓延を問題とすべきだろう。
○メコン河流域の開発と漁業資源問題
メコン河の固有種であるメコン大ナマズ(Pangasianodon gigas)が乱獲と、餌となる水 草(カワシオグサ:Gladophora)の激減で絶滅の危機にある。乱獲の原因はこの魚の生態が 不明なまま、孔明魚とも呼ばれるように珍重され高価で買い取られてきたからである。さ らに、メコン河の上流部にある中国領内のダムによる放水により、乾期にメコン川の水位 が短期的に大きく変動することでカワシオグサの生育に悪影響を及ぼしている。北タイの チエンコンではここ数年で採集量が10分の1に激減した。北タイでは、川向こうのラオス 領よりカワシオグサを取り寄せている。さらに中国の南下政策の影響でダイナマイトによ るラオス領内のメコン河拡幅工事が進められ、魚の産卵場である岩礁地帯が破壊される事 態が生じている。以上のように、経済発展、食文化、ダム建設などの要因が絡まって環境 の破壊が進行し、メコン河の生き物の生存が危機にさらされているが根本的な解決には至 っていない。
類似した間題がタイ国中部のムン川の河口(メコン河支流)でも発生した。河口部に建 造されたパクムン・ダムによりムン川流域の漁民が生活の糧を失い、政府に抗議行動を起こ した。首都のバンコクで抗議行動があったさいに、住民の家屋が放火により焼失する事態 も発生した。
ワシントン条約により商業的な取引が禁止されている種類が日本などに密輸されている 一方、ティラピアなどの外来種の養殖と放流がさかんに行なわれ、河川の生態系を撹乱す る事態になっている。
○エビの養殖と底曳網漁
タイのアンダマン海一円では・マングロープ地帯におけるエビ養殖(ブラック・タイガ ー)によりマングローブ林が過去20年で半減した。その結果、海岸環境の劣化と生物多 様性の喪失が顕著となった。一方、底曳網漁による乱獲により沿岸漁民と沖合漁民の間で 漁場紛争が深刻化したため、タイ政府は人工魚礁(AR: Artificial Reef)を作り、沖合漁民 の沿岸への進出を阻止した。

4.魚食文化と環境間題

魚や魚醤は今後とも東南アジアの食にとり、欠かせないものとなるが、適正な利用と管 理が重要であることはいうまでもない。上記に示したように、東南アジアでは魚をめぐり さまざまな間題が起こっている。これにたいして、地元の人々や政府はどのような取り組み をしてきたのであろうか。そして、それらがなぜ地球環境間題といえるのだろうか。以下に いくつかの試みを取り上げてみたい。
○魚の資源はだれが管理するのか?
ふつう、魚は一カ所にいるのではなく移動する。ある地域で適正な漁業を営んでいても、 他の地域で獲り過ぎるとその結果は広い範囲に及ぶ。移動性のある資源を誰が責任をもっ て管理するのか。この問題は地球上のあらゆる生物の利用と保全を考える上での重要な課 題となる。
メコン大ナマズはその生態が不明なまま激減する事態になり、その保全が叫ぱれている。 他方、人工的な繁殖が進められてきたが、雑種2代目の魚には奇形魚が30%も見られる。 国際河川であるメコン河の開発が進行する一方、1種類の魚の運命が考慮されてはいない。
○食文化のために絶滅危倶種を利用してもよいか?
前述したメコン大ナマズは食べると聡明になるという観念がタイ国内の華人系住民にあ る。南タイでは、網漁によりジュゴンの混獲が間題視されるなか、地元のムスリム漁民は ジュゴンの肉は男性の精力剤とされ、ジュゴンの牙や涙には悪霊除けや人々を魅了する効 果があると考えられている。
ハタ類は中国で美味な魚とされ、とくに赤い色の魚や大きな魚は富をもたらす縁起のよ いものとされ、清蒸石斑魚として調理される。ハタ類は香港でナマコ、フカひれ、海燕の 巣などとともに慶事には欠かせない料理となっている。
魚にたいする文化的な位置付けを正当化し、消費を悪としない傾向を是認すれば、環境 の破壊と生物種の絶滅は避けられないことになる。しかし、ハタ、ナマコ、タツノオトシ ゴ、フカひれなどの特殊海産物(現地では消費されずに地域外に輸出されるもの)の市場 価値が高いことから・東南アジアの貧困漁民は商人(頭家、taukee、 Bugis、 Orang Cina など)とのパトロン・クライアント関係を結んで漁業をつづけている。タイ政府はセリを 導入して頭家の勢力を抑えようとしているが、なかなかうまくいかないのが現状である。 また、破壊的漁業を抑制するための漁業法を適用するだけではうまくいかないので、漁民 の生活補助、代替漁業への援助策などが検討されている。
○淡水魚の生食問題
われわれの調査によると、ラオス中南部サバナケット州L地区における706人の児童の 検便結果から、60%が肝吸虫(魚などの生食に起因)に感染していた。このことは、成人 はほぼ全員が感染している可能性がある。健康によくないから生食を控えるような政策や 指導が考えられるが、生食自体は地域の食文化として引き継がれてきたものであり、簡単 に外部からの圧力で止めさせることはできない。

まとめ

以上のことから、束南アジア(中国南部を含む)では淡水魚、海水魚の利用をめぐり、 錯綜した環境問題の存在することは明らかである。喰べる」ことは人間の生存にとって不 可欠であるぱかりか、文化的な行為でもある。ある魚を食べることを外部から特定の基準 で否定し、抑制することには本来、無理がある。しかし、食が文化であるからとして地域 の文化を是認するだけで事足りるものでもない。グローバル時代にあって、自給ならぱよ いが商業的な取引は禁止すべきとするCITESの方針やIWC(国際捕鯨委員会)の考え方も問 われている。また、魚の個体数がきわめて危険な状態にある場合と安定した状態にある場 合とでは・資源の管理にむけておなじ結論や規制を準備することは得策ではない。
文化と環境の持続性(sustainability)は言葉でいうほど簡単なことがらではない。

参考文献
秋道智彌
1995『海洋民族学』東京大学出版会。
2003「野生生物との保護政策と地域社会−アジアにおけるチョウとジュゴン」池谷和信 編『地球環境問題の人類学−自然資源へのヒューマンインパクト』230-250頁、世 界思想社。
2003「文化のなかのナマズーメコンとニューギニアの事例から」滋賀県琵琶湖博物館編 『鯰−魚と文化の多様性』(淡海文庫26)、73-85頁、サンライズ出版。
2005『コモンズの人類学』人文書院。
石毛直道、ケネス・ラドル 1992『魚醤とナレズシの文化』岩波書店。
村井吉敬 1990『エビと日本人』(岩波新書)岩波書店。
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