◆ 2012年10月号

■どうして「東南アジア」なの?

 → 東南アジアの沿岸域は、世界の海の中でも生物多様性・生産
性が最も高く、伝統的な社会と近代的な社会、先進国的な側面と途
上国的側面が混在しています。この地域における沿岸資源管理と開
発の共同を図ることによって、ほかの地域にも十分適応可能な成果
を得ることができると考えるからです。


 多種多様な生物が共存する東南アジア諸国の沿岸域利用は非常に
多様であり、同じ気候区分や類似の自然特性を有していながら、土
地利用、資源利用や漁業の在り方もさまざまな違いが生じています。
その一方で、各地で共通した対象種や漁具なども見受けられます。
このような違いや類似性を理解し、カオス的な東南アジアの沿岸域
利用について、少しずつ紐解いていきます。

■エリアケイパビリティーの「エリア」とは?

→ 沿岸域の現場において、生態系サービスや社会的活動が共有されている地域をエリアとして
特定します。生態系の特徴や社会的性格によって、小さい村から県や郡といった広い範囲までの
様々なレベルのエリアが想定されます。複数の場所で様々な活動と生態系を対象として、様々な
レベルでのエリアを認識することが、プロジェクトの最初の一歩となります。
 

 本プロジェクトでは、「地域」または「エリア」をスケール別に特定せず、可変的な対象・空
間としています。なので、それぞれの場所によって、スケールの設定が異なりますが、東南アジ
ア諸国における対象地域を複数設定することで、汎用性のあるさまざまなレベルの地域特性を捉
えるよう、工夫しています。
  



■「エリアケイパビリティー」って何?

→ 経済学者アマルティア・センが人間の潜在能力評価として提唱した「ケイパビリティー ア
プローチ(潜在能力アプローチ)」の理論を、生態系や人と生態系の関係性といった側面まで拡
張しようとする概念であり、「エリアケイパビリティー」はこのプロジェクトが提唱した造語と
いうことになります。センの理論は、開発の評価や目標を金銭的な側面ではなく、人が個人の置
かれた状況や希望にそって、生活向上にむけた行動を行える状況を増大させることとしています
。また、GDPなどの単一指標ではなく、複数の要素や要因を考慮することが提唱されています。
エリアケイパビリティーでは、この理論を引き継ぎながら、人は自分が暮らす地域の生態系サー
ビスからの恩恵なしに暮らせない、言い換えれば、必ず地域生態系とのかかわりが存在する現実
を考慮し、生態系の健全性は人のケイパビリティーの基礎的側面を有すると考えます。このため
生態系の健全性の評価、生態系が人にもたらす恩恵、人と生態系の関係性を精査することから、
地域で暮らす人々のケイパビリティーを評価することになります。 


 沿岸域で暮らす人びと、そこにある自然資源、人びとの持つ社会的なネットワークや文化、環
境、問題、人びとの資源利用など、地域が備え、持ち、抱え、あるいは、育んでいるさまざまな
形態の資源や関係性を総合的に評価し、健全で持続的な沿岸社会の新たなとらえかたの概念です。


■このプロジェクトの対象は漁業だけ?

→ いいえ。本プロジェクトは漁業だけでなく、沿岸域で営まれる様々な生業(住民による産業)
それを取り巻く社会、経済、自然など多種多様な事象、トピックを対象としています。


 東南アジアの沿岸域において、零細漁業は重要かつ主要な産業の一つです。ただし、地域住民
は漁業によってだけ生活を行っているわけではなく、地域の開発やケイパビリティーの向上を考
えるためには、地域のおかれている状況や環境、伝統や社会構造などが深く関係します。たとえ
ば、海産物の流通網やアクセスの整備状況、漁場の生態環境特性、季節変化、社会的な認知度、
文化や風習、他の産業の存在など、いろいろ要因が複雑に連携しあった中で、地域社会が営まれ
ています。したがって、一言で沿岸地域といっても、さまざまな形態があるため、漁具と漁場の
生物多様性だけを評価しても、エリアケイパビリティーを読み解くことはできません。


 こういったことから、本プロジェクトでは、それぞれのある空間・エリアにおいて、さまざまな
課題や事象を設定し、多面的な研究による理解とそれぞれのエリアの評価に取り組んでいます。
 



■エリアケイパビリティーをどうやって評価するの?

→ 生産基盤である生態系に関する地域の水や底質の環境、基礎生産性、生物の多様性やフード
ウェブ、を調べ、地域環境特性を評価するとともに、だれがどのような資源やサービスをどのよ
うに利用しているか、また、それらがもたらす恩恵とは地域住民にとってどのような重要性があ
るかを調べることで、人のケイパビリティーと環境と生態系サービスとの関係性を複数指標によ
って評価します。
 


 これまで、生態系や地域社会を評価する際に貨幣価値が用いられてきました。しかしながら、
これらの評価は、あくまで経済的な物差しを用いた評価であり、過大/過小評価があると同時に、
五感で感じるような、風土などその場所が育む特性など反映されないサービスが常に存在します。
しかしながら、健康を維持するために必要な食糧を得るために必要な現金は、地域によって異な
ります、教育を受けるために必要な現金も、地域の現状によって異なります。したがって、エリ
アケイパビリティーの評価においては、金銭的評価ではなく、実際に住民が得ることのできるケ
イパビリティーと環境・生態系サービスとの関連性から評価を行います。
 



■「エリアケイパビリティーの向上」はどうするの?

→ それぞれの地域において、生態系の健全性と持続性を確保しながら、地域住民の生業の拡大
や多角化につながる活動を、住民と研究者および行政関係者との協働で実施します。その過程で、
生態系への人的影響を科学的に評価し、問題点があれば技術的な解決や制度的解決を、住民参加
のもとに進めることにしています。本プロジェクトでは、住民組織による定置網の導入や放流事
業、観光開発などを展開することにしています。これらの具体的活動を通じて、エリアケイパビ
リティーの具体的なアプローチを創造するのが狙いです。
 


 以上が私たちの取り組みです。

 次回は、プロジェクトのメンバーの活動について、いくつかの学術分野からのアプローチを例に
少しご紹介します。また、プロジェクトの対象地域についても、触れていけたらと思います。

 どうぞ宜しくお願いします。                   

                         プロジェクトメンバー 一同

エリアケイパビリティーのプロジェクトのホームページにお越し
くださいまして、ありがとうございます。
初回のコラムでは、このプロジェクトの概要について、質問、回
答形式で簡単にご説明させていただきます。

第1回 「東南アジア沿岸域におけるエリアケイパビリティー
     の向上」とは??
 

■このプロジェクトは何をするの?

 → 沿岸域の開発と資源管理に向けた新たな概念の創出とその
評価手法を提示することを目的としています。


 世界人口の6割以上が沿岸域に暮らし、そこで暮らす人々は、生
態系がもたらす財やサービスに依存しています。沿岸域の生業とし
ては、漁業を基礎とする水産業が一般的である一方で、物流拠点と
しての港湾や防災・減災を目的とした沿岸整備など、水産業以外の
活動は、沿岸生態系や漁業資源に極めて大きい影響を与えます。こ
れまでの沿岸域資源管理や開発に関しては、水産業は水産分野で、
沿岸建設は工学分野でといったように分野別の対応が一般的です。
 しかし、沿岸社会にとって重要な生態系の健全性とそれがもたら
す多種多様な財やサービスは、分野を問わずに恩恵をもたらす一方
で、様々な活動によって影響を受けます。このプロジェクトでは、
沿岸社会のこうした現状をそのままとらえ、分野横断的・学際的に
沿岸社会の開発と生態系保全をどのようにとらえるべきか、また、
そのためには何をどのように調べ評価すべきかを、地域住民との協
働から提案することを目指しています。