研究軸2 人間活動影響評価

北東アジアの人間活動が北太平洋の生物生産に与える
影響評価
研究の目的

  本プロジェクトは、オホーツク海と北部北太平洋における海洋生態系に対するアムール川流域の人間活動からの影響を評価するためのものである。オホーツク海の生物生産を支える鍵となる要素は、アムール川などから流入する「溶存鉄」であると考えられる。このプロジェクトの目的は、いかに溶存鉄が陸面で作られ、アムール川や大気を通って海に輸送されるか、そして、そのフラックスの変化がオホーツク海と北部北太平洋の植物プランクトンの生産に如何に影響するかというメカニズムを解明することにある。そして、溶存鉄フラックスの変化に対する土地利用改変を通じた人為的影響を明らかにすることにより、大陸と外洋の間で成り立つ「巨大魚付林」ともいうべきシステムの全容を解明する。

図1 研究対象地域の概要
アムール川流域の人間活動とその河川水のオホーツク海、および北太平洋への流出の様子
研究の内容
  オホーツク海と北部北太平洋は世界で最も生産力の高い海として知られている。それは、海洋の鉛直循環によって栄養塩濃度の高いオホーツク海や隣接する親潮域に、アムール川流域から河川と大気を通じて鉄、とりわけ溶存鉄が供給されるためと考えている。この溶存鉄は、アムール川流域の広大な森林と湿地で生み出されるフルボ酸などの腐植物質と錯体を形成することで容易に外洋まで輸送される。それゆえ、オホーツク海や親潮域で生物生産を高めている溶存鉄のフラックスは、アムール川流域の陸面状況に大きく依存すると考えられる。
図2 アムール川全流域の水系と地形

  アムール川流域は歴史的には19世紀の終わりから、経済的・工業的に発展した。特に、中国側、つまり、その支流である松花江流域では、集約的な人間活動が数100年前から始まっている。20世紀の半ば以降には、加速的な人間活動が、アムール川のロシア側と中国側の両方で起っており、この両地域は、最近、森林火災、森林伐採、農業活動や工業活動、洪水と渇水、といった人間活動および自然現象によってかく乱されている。特に、人為的土地利用改変は、流域の森林と湿原の面積を大きく変化させ、これによって生じうる溶存鉄のフラックス変化を通じて、海の生物生産を変化させる可能性がある。

図3 1980年から2000年にかけての三江平原における湿地面積の減少

図4 ロシア極東からの丸太の原木輸出量の経年変化(対 中国、日本、韓国)
  この研究プロジェクトの一番目の目標は、海の生物生産を規定する「溶存鉄」が如何に作られるかということと、それがアムール川、また、大気を通じて海洋にどのようにして運ばれるかというメカニズム、そして、その「溶存鉄」のフラックスの変化がオホーツク海や北部北太平洋における(一次生物生産者としての)植物プランクトンの生産に対していかに影響するかというメカニズムを解明することである。二番目に、陸面を人為的に変えた場合に起こる溶存鉄フラックスの変化量の定量化を試みる。一番目と二番目の成果に基づいて、アムール川流域とオホーツク海を結びつける水文化学モデルおよび海洋の生物生産モデルを構築し、陸面の変化が海洋の生物生産に与える影響を評価する。そして、最終的には、研究対象地域のモノ・人・情報の流れの分析から、オホーツク海と北部北太平洋の持続可能な利用を可能にするためのアムール川流域の土地利用の理想的な将来像について学問的な立場から寄与したいと考えている。

進捗状況:

本研究の初年度である2005年度は、ロシア科学アカデミー極東支部 水・生態学研究所と共同で同研究所が所有するラドガ号を用いて、アムール川の下流部に相当するハバロフスクからニコラエフスク・ナ・アムーレの約1000 kmの区間で採水を実施した。また、大興安嶺、小興安嶺、三江平原、シホテアリニ山地というアムール川の上流から下流部にかけて分布する各支流域に実験地を設定し、中国科学院 瀋陽応用生態学研究所、同 長春地理農業生態学研究所、南開大学、東北林業大学、ロシア科学アカデミー極東支部 水・生態学研究所と共同で1年間の採水および試料の分析を実施した。これらの水試料は現在分析中であり、まもなく終了する分析結果により、アムール川流域の溶存鉄濃度分布について詳細な情報がもたらされる予定である。一方、大気輸送の鉄については、カムチャツカ半島のオホーツク海岸に面するオクチャブリスキー村にエアロゾルサンプラーを設置し、観測を開始した。

 溶存鉄を生成する陸面の状況を把握するため、ロシア科学アカデミー極東支部 太平洋地理学研究所と共同で、アムール川流域全域の地理情報システム(GIS)の構築に着手した。また、日本国内でも様々な衛星データを利用して、アムール川流域の土地利用変化の解析を始めた。一方で、土地利用変化を引き起こす具体的な問題のひとつとして、森林産業に着目し、アムール川流域で切り出される木材をとりまく現状の分析を始めた。

 最後に、アムール川や大気を通じてオホーツク海にもたらされる鉄の影響を明らかにするため、海洋生態系モデルに鉄を組み込み、植物プランクトンの増殖に与える鉄の貢献を評価する数値シミュレーションを開始した。

 以上のように、初年度は本プロジェクトを達成するための様々な問題に着手したことが最大の成果と言える。

図5 オホーツク海の海洋生態系モデルの概要

図7 本プロジェクトで利用する予定の観測用船舶と野外観測実験地

 今回のプロジェクトでは、陸面〜河川〜海洋の物質循環を1つの系として考え、それに対する人間の関わりを総合的に理解することで、海洋生態系の変化を未然に予測し、予防するための指針作りを目指します。

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